障害や病気と折り合いながら働きやすい環境を作るには ウェルビーイングの視点から考えます

ウェルビーイング(well-being)は、多様化する生き方や価値観の変容が進む中、経済的な指標であるGDPに代わる「幸福度を測る指標」として近年注目され、ウェルビーイングの実現を目指す教育現場や企業も増えてきました。

人間の幸福度は仕事(役割)の満足度と大きく関わります。どういうことか具体的に考えていきましょう。

【目次】

人間の幸せとは

「人間にとって大事なことは、愛することと働くことである」

精神分析学の創始者 S.フロイトの言説として有名です。

人間は社会的な動物であり孤独は苦手とされています。家族など身近な人との安定した関係性(=愛)と、役立つ、必要とされる、認められる事(=仕事・役割)は人間の基本的な欲求を満たす要素で、満足感、幸福感(=ウェルビーイング)へと繋がっていきます。

病気や障害と折り合いながら、自分が幸福であると自覚しながら生きて行くこと、ウェルビーイングは人生究極の目標かもしれません。だからこそ、ここではよりよく「働くこと」を考えます。

ウェルビーイングとは?

「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」の幸福を意味します。1946年に世界保健機関(WHO)が設立されたときウェルビーイングということばが初めて登場しました。

医療、心理学、福祉の現場で使われる言葉でしたが、近年あらゆる分野で使われるようになり、国も政策運営に反映させるとし、様々な企業も注目しています。

「できる」仕事は満足度が高い

仕事は 「やりたいこと」 「できること」「やるべきこと」で構成されます。

障害者就労支援の現場では「できること」に重点をおいて取り組んでいる人は仕事上の満足度が高いと言われています。

どんな仕事内容なら自分にとって無理なく「できる」のか整理して洗い出し、「やりたい」と「できる」が近くなるように周囲にわかりやすく伝えて環境を整えることが、病気と折り合いながら会社とも折り合い仕事で満足感を得られるポイントだと言えるでしょう。

障害者雇用制度の今

自分がやりたい仕事をするためには、利用できる障害者雇用制度を知っておきましょう。

障害者雇用制度の概要

終戦から高度成長期を迎え社会が発展する中、1960年に障害者の自立と社会参加を目的に身体障害者雇用促進法が制定され、日本の障害者雇用対策が始まりました。

  • 1960年:身体障害者雇用促進法(現:障害者雇用促進法)
    法定雇用率:公的機関は義務、民間企業は努力義務
    従業員数に対して一定の割合で障害者を雇用
  • 1974年:心臓機能障害が対象に
  • 1976年:民間企業義務化 納付金制度も施行 法定雇用率1.5%
  • 1988年:知的障害者の雇用義務化
  • 2006年:精神障害者が実雇用率に追加
  • 2018年:精神障害者、発達障害者の雇用義務化

障害者雇用促進法では事業主に対して一定の定められた割合(法定雇用率)で障害者を雇用することが義務付けられています。令和5年現在、民間企業の法定雇用率は2.3%です。従業員を43.5人以上雇用している事業主は障害者を1人以上雇用する必要があります。

法定雇用率は段階的に引き上げられ、令和6年4月には2.5%、令和8年7月には2.7%になります。また公的機関の法定雇用率も、段階的に3%まで引き上げられることが決まっています。

障害者雇用の現状

厚生労働省が発表した「令和4年 障害者雇用状況の集計結果」によると、民間企業に雇用されている障害者の数は61万3,958人で前年より2.7%増加し、過去最高を記録しています。
心臓病者の就労の現状も伸びているのでしょうか。

障害者の雇用率全体は伸びていますが大きく伸びているのは精神障害者の数であり、心臓病を含む身体障害者の人数は減少しています。雇用率が増えているのに雇用状況が良くなった実感がないのはそのためです。

令和4年度の障害者の実雇用率は2.25%(前年度比0.05%増)です。

法定雇用率を達成している企業は半数に満たず、そのうち58.1%が一人も雇用していません。法定雇用率未達成企業は55,684社あり、そのうち65.4%は不足数が0.5人または1人と、あと少しで法定雇用率を達成できる状況ですが、障害者を一人も雇用していない企業は32,342社であり、未達成企業の58.1%を占めています。

企業の規模別では雇用率を達成しているのは1000人以上の企業だけで規模が小さくなるほど雇用率は低くなっています。障害者を雇用する為には人員や環境の整備が必要になるケースが多く、体力のある大きな企業では対応できても中小企業では雇用が進まず、地域的にも偏りが大きいのが現状です。

出典:内閣府

この中で差別禁止と合理的配慮を受ける対象となる障害者を「身体障害、知的障害、精神障害(発達障害を含む)その他の心身の機能に障害があるため長期にわたり職業生活に相当の制限を受け、又は職業生活を営むことが困難な者」と規定しています。

障害者手帳を基準としたこれまでの考え方を大きく前進させ、法定雇用率に「難病」を加えられる可能性も出てきました。

心臓病者がかかえる特有の問題

患者会などの集まりで、障害者雇用枠で就職したのに、欲しい配慮をしてもらえないと聞きます。それは、心臓病が見た目ではわからない病気であることが大きく関係しています。
「疲れやすい」「無理できない」など見た目でわからない障害であるために周囲の理解が得にくいのです。

余裕のある働き方をしている事業所であればいいのですが、従業員それぞれが手一杯の環境では、継続して「配慮」をしてもらうことが難しくなります。有給休暇は通院で使ってしまい身体を休めるための休みは取れず、体力的に厳しい残業や通勤ラッシュで体力を消耗するという話も聞きます。

社会全体で非正規採用が増える中、なかなか職場で理解が得られず無理をして体調を崩したり、居づらくなって辞めてしまうケースも多く聞かれます。

制度面での課題

公的な制度による支えはかなり整備されてきましたが、現場レベルではまだまだ不十分で、地域格差が非常に大きいのが現状です。

企業にしっかり補助金を出し「合理的な配慮」を個人からの「お願い」ではなく障害者側の「権利」として申請しやすくする必要があります。

障害者雇用経験のない企業には、雇用のノウハウを伝えるなどの支援策強化、雇用後の継続したサポートが重要です。最初の一人を雇用することが大きなハードルなのです。企業へのサポートが入ることはそこで働く受け入れ側の職員にとっても心強いことでしょう。既存の制度を質、量ともに充実させる必要があります。

また働き続けるには、通院・入院のための休暇制度の保証は不可欠です。勤務時間や仕事内容・仕事量への配慮も主治医や本人との話し合いの中で柔軟に決められるしくみ、そしてそれを必要に応じて継続、変更できるしくみが必要です。

子育て支援策充実の動きの中で話題になっている、配慮をする側の従業員に「応援手当」を支給するなど新たな方策も一案でしょう。

自分でできる工夫

該当するなら障害者手帳を取得し活用しましょう。法定雇用率に算定できないが配慮は欲しいというのは残念ながら理解されにくいのが現状です。

見えない障害は周囲の理解を得にくいもの。黙っていても伝わりません。主治医と相談しながら自分の障害について理解を深め、何ができて何ができないのか、欲しい配慮を具体的に周囲へ伝える工夫をしましょう。

障害者本人が雇用主と働き方に関する交渉を直接二者で行う場合、本人側は圧倒的に知識がなく不利になります。心配であれば相談機関の介入を模索してください。

内部障害の当事者は福祉的就労を経由せず援助なしに自分自身で就職するケースが多いのですが、就労支援事業所や就業・生活支援センター、ハローワークの障害者窓口などのスタッフに同席してもらうなどのサポートを受け、自分一人で抱え込まない工夫も大事です。

雇用主との交渉が厳しい内容なら即答せず一度持ち帰り、支援者に電話でいいのでアドバイスをもらいましょう。そして事業所側には相談機関に繋がっていることを伝えておきましょう。事業所側にとっても間に入って調整してくれる相談機関の存在はありがたいものです。

まとめ

病気や障害と折り合いながら、仕事を持ち、自分が幸福であると感じながら生きて行くこと、ウェルビーイングは人生究極の目標と言えます。そのための制度は確実に前進はしつつもまだ様々な面で不十分です。多様性への理解を社会に求め、障害者だけでなく様々な事情のある人が「お互いさま」と安心して働くことができるよう制度を充実させる必要があります。障害者が働きやすい仕組みのある社会は、介護や育児など様々な事情を抱える他の誰にとっても働きやすい社会です。

社会を作るのは自分たち一人ひとりであることを自覚してしっかり社会情勢を注視し、使える制度は積極的に使う、投票行動や署名、患者家族会に入会しその運動に参加する、など日々の行動に繋げてより良い社会、ウェルビーイングを実現していきましょう。

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精神保健福祉士/社会福祉士/介護支援専門員/介護支援専門員 男子高校生と、肺動脈閉鎖症/右心低形成の女子小学生の母。地域密着型の精神科診療所に17年間ソーシャルワーカーとして勤務。相談支援、デイケア運営、訪問等幅広い支援をチーム医療の一員として行う。病児出産後退職。現在は患者家族会活動と娘の推し活を一緒になって楽しむ毎日。