心臓移植を必要とする患者は、その治療を受ける際に直面する2つのフェーズがあります。1つは「移植登録を決めるまで」、2つ目は「登録後の待機期間」。それぞれに葛藤があり、大きな決断をして、それぞれの局面に至ります。
第2フェーズ「移植待機中」の人たちは、介助者との生活の中で、身体と補助人工心臓(VAD)を管理しつつ移植を待ちます。それは、長いトンネルの中をひっそりと、いくつかの制約とともに歩いているようなもの。
このトンネルの中の歩き方(待機期間を前向きに健やかに過ごしていく方法)を、待機5年目を迎えた筆者の経験からお話したいと思います。
執筆:tomo-yoshi
白血病からの薬剤性心筋症。2019年に植込み型補助人工心臓(VAD)HeartMate3を装着し、心臓移植待機中。VAD装着を機に転居した東海地方で近辺の観光を楽しむ。執筆記事一覧
【目次】
2023年11月、脳死による臓器提供が1000件に
2023年11月、日本臓器移植法に基づく脳死判定が累計1000件に達したと発表されました。これは「脳死による臓器提供が1000件に達した」ということです。日本では、脳死での臓器提供を前提とした場合に限り、脳死は人の死とされます。
日本臓器移植ネットワークの発表と、報道をまとめると以下の通り。
- 脳死からの臓器提供により、移植を受けた患者はおよそ4300人
- 新型コロナの影響で一時減少したが、今年はこれまでに100件を超え過去最多
- 報道における専門家の声として「あまりにも遅すぎる」「人口当たり臓器提供者の数が日本は欧米と比べて1/50程度。救える患者を救えていない」「意思をくみ取り、提供に結び付ける仕組みが整っていないことが最大の問題」「救急の現場では、脳死状態の患者の家族に対して臓器提供を希望するかどうかの意思決定を支える専門職を配置する取り組みが始まっている。国を挙げたさらなる対策を求める」
出典:臓器移植法に基づいて行われた脳死判定 1000件に | NHK | 医療・健康
まずはこの場を借りて、同じ移植を待つ身として提供者ご本人様とご家族様の尊いご意思に敬意と感謝の意を表します。脳死となられた方、その一部を分けて頂くことで救われた方。どちらも代えがたいたった1つの、大切な命です。
脳死とは
脳死とは脳幹を含む、脳全体の機能が失われた状態です。回復する可能性はなく元に戻ることはありません。薬剤や人工呼吸器等によってしばらくは心臓を動かし続けることはできますが、やがて(多くは数日以内)心臓も停止します(心停止までに、長時間を要する例も報告されています)。
植物状態は、脳幹の機能が残っていて、自ら呼吸できることが多く、回復する可能性もあります。脳死と植物状態は、全く違うものです。
欧米をはじめとする世界のほとんどの国では「脳死は人の死」とされ、大脳、小脳、脳幹のすべての機能が失われた状態を「脳死」としています。
移植希望者の待機期間
日本臓器移植ネットワーク(JOT)によると、2023年10月末現在で、移植希望登録数は15,988人、提供された方は120人、移植を受けた方は464人(心停止後の提供も含む)。心臓移植を希望する人は10月末現在、872名。平均的待機期間は3年5ヶ月です。
現実はどうか。周辺状況から推測するに、登録から6~7年で「そろそろ声がかかるころでしょうか…」と思い始めるといったところでしょうか。発表されている平均の待機期間と現実は大きく乖離しています。
長い待機期間を上手に乗り越えよう!
多くの患者は植込み型補助人工心臓(VAD)を装着して自宅療養しながら移植を待ちます。
筆者の場合、介助者との同居条件で夫の実家に間借りを始めて10日、早くも焦れる日々が始まりました。
昼間は10年カレンダーを眺めて「何歳までに移植したいなあ」と妄想。夜中寝ぼけた状態で「私はここで何をしているのだろうか」と軽く絶望…。
「こんな状態では、いつまで精神が持つかわからない」と危機感を感じ、気持ちを立て直す試みを考えました。私なりのセオリーです。
1.目標は具体的に、自分で行動ができることを
「1日も早く移植を実現させる」
登録者の切実な思いですが、ただ願っていても辛いだけ。なぜなら、自分ではコントロールできない、どうにもならないことだから。
そこで、目標を「いつ声がかかっても応じられるように、最善の状態と体調で備える」に設定しました。
目指すは、「移植を受ける前から移植後も、最良の体調でいること」、「移植後、素早く退院し、自由な生活を取り戻すこと」。
その為にできる行動は、
- 毎日運動する
- 太りすぎない。食べ過ぎない
- VADの管理は最優先で(面倒くさがらない)
- 他の病気にならないために、まず精神を安定させる。イライラしない
と定めました。
2. 新しいことを始める
日常生活に慣れて暇な時間ができると、不平不満が出現しがちです。そういった余計なことを考えないためにも、あえて不慣れな場に挑戦します。
コロナ禍を機に、インターネットでいろいろなことができるようになりました。外出が制限される人にとっては良い環境です。
そこで、今まで経験したことがない分野の勉強を、オンラインで始めました。オンラインでなければ同じ場に居合わせなることができない方々から未知の話を聞くことができます。
自分がいかに狭い世界で生きているのか、勉強不足、経験不足を思い知りました。恥ずかしい思いもしますが、知識や経験は蓄積されて自分の糧になっています。
他にも、面倒くさがって後回しにしていたことを迷わずやってみることも。例えば、観たいと思った映画、読みたい本は機会を逃さず購入する。趣味と実益を兼ねた副業をやってみる、など。「やらぬ後悔よりやる後悔」のマインドです。
3.VAD患者と情報交換
他のVAD患者さんとの情報交換はとても有益です。VADの生活、障害年金のこと、リハビリ、何年待機していつ移植できたか、移植後の生活、仕事のことなど。体の状態はそれぞれ異なりますが、他の患者さんがどうやって過ごしているのかを聞くことで安心することもあります。
その中でも、「この人みたいに元気になりたい」というような目標とする人を見つけることをお勧めします。例えば、リハビリがキツイなと思ったとき、運動をサボりたくなったときに、目標とする人の活躍する姿がイメージされ、「よし、もうちょっとがんばろう」とやる気が出てきます。
4.自由の身になったとき、したいことを定めておく
移植が成功すれば、VADの条件である移動の制約はなくなります。
「どこに住もうか、どういう暮らしをしようか。」
「まずはちょっとした旅行に行こう。飛行機にも乗っていいかな。」
準備するには早すぎるし、期待しすぎもよくないけれど、「これは妄想」と割り切って、自由になった暮らしを想い描き、そこを楽しみにして今を乗り越えます。そのためにも今どんな行動をするかが大切になります。(⇒1に戻る)
今日1日を乗り越え続ける
何のために、今制限のある生活をしているのか?
―それはVADによって、自分の弱い心臓を助けるため。
何を望んで、どこに向かっているのか?
-VADをつける前のような、自由で自律した生活を取り戻したい。
だからこそ「今、この場所で死ぬこと(あきらめること)はできない」ということを強く意識します。そうやって過ごして来たら待機5年目に突入しました。
登録して長い年月が経過した方も、登録したばかりの方も、先は長いかもしれない。心折れそうになるときもあるかもしれない。そのときは、今日1日、この1週間、1ヵ月、1年の積み重ねが乗り越える力になるはずと信じて、生きていきましょう。
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