音楽に救われた命〜これからも心疾患とともに生きてゆく〜

公開日 2025年6月11日 最終更新日 2025年6月12日

今回は、40代に入ってから現在に至るまでについて、書こうと思います。これまでの人生の中で気がついたこと、それをまとめてお伝えいたします。

はとらくでは、心臓病に関する寄稿を募集しています。当事者や医療・福祉の現場にいる方の声を、編集部がサポートのうえ発信しています。
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寄稿者:中館 伸一

東京都世田谷区在住の音楽家(合唱指揮者)。成人先天性心疾患(両大血管右室起始)の患者として病気と向き合いつつ40年以上音楽活動を続けてきた経験を活かし、音楽活動(歌うこと・演奏すること)が心身の健康に如何に良い影響を与えるものなのか?を広く世の中に伝えるべく、心新たに活動を展開している。

【目次】

東日本大震災当日の記憶とそこから学んだこと

40代に入って3年経った2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。その瞬間、私は駅のホーム上で特急電車を待っていましたが、駅員さんの指示で安全を確保するために停車中の各駅停車に乗り込みました。

その後も余震が続き、移動手段が確保出来なかったので、まず開いている店舗に入って携帯電話を充電、家族や幼児園・保育園と何とか連絡を取り安否確認、実家の父に車を出してもらい、子供二人を幼児園と保育園から引き取って夜遅くにようやく帰宅することが出来ました。

とっさの時、まずは身を守ること、そして次に何をすべきか?考え、冷静に判断していくことの重要性を学びました。自然災害など有事の際にどう対応するか?日頃からシミュレーションしておくのは大切だと痛感しました。

ウィーン演奏旅行での貴重な経験

2012年冬と2013年夏には合唱団を率いてウィーンに演奏旅行に行く機会をいただき、ウィーン楽友協会の大ホールや、オーストリア郊外にあるいくつかの教会での演奏も経験しました。

冬のウィーンはかなり寒く、また翌年の夏はウィーンも異常気象で酷暑となり、どちらも身体には堪えましたが、日々音楽する喜びが勝っていたので何とか乗り切ることができました。

音楽の神様に生かされてきたと思い知らされた衝撃の新事実

続く2014年冬、長年の疲れが出たのか年始から体調が悪く、しばらく寝込んでいた際に咳をして喀血し、入院を余儀なくされました。最初に自宅近くの病院に入院、肺からの出血と診断され治療を開始、ところが1週間たっても断続的な咳とともに出血を繰り返し、何故か右足に痛風の発作まで起きてしまったのです。

「これは命に係わるかも」と思い、日野原重明先生を通じて知り合った方に相談をしたところ、「すぐに転院しましょう」と、救急車で聖路加国際病院に搬送されました。そこで、日本成人先天性心疾患学会初代理事長の丹羽公一郎先生を始めとした、心血管センターの先生方と出会うことになりました。

この時46歳、聖路加で検査して初めて分かったことがあります。何と私の身体は左肺しか機能しておらず、右肺は退化してそこには毛細血管の塊がある状態だったのです。おそらく成人する頃にはこの状態が形づくられていたらしく、長い年月をかけて自身の心臓に最も適した身体が形成されていたとのこと。また、痛風の発作も心臓病由来のものと判明。

衝撃の新事実に直面し、この身体で30年間歌って指揮をしてきた私は驚き、「何故この身体でハードな活動を続けてこられたのでしょうか?」と質問したところ、先生方からは「この身体でこんなに元気な人に出会ったことがない。おそらく日々の音楽活動があなたに最も適したトレーニングになったのでしょう」との答えが返ってきました。知らず知らずのうちに歌によって心肺機能が鍛えられ、指揮することで全身の筋トレを日々重ねられたのです。

それゆえ、大きな病気で入院することもなく、片肺で活動していることすら分からないまま過ごしていたのです。「自分は音楽の神様に生かされてきたのだ・・・」と心から思い、また様々な人との繋がりが命を救ってくれたのだと感激しました。そして「あなたはこれからも今まで通り音楽活動を続けるべきです」と励ましてくださる先生方にも出会えたのです。

50代からのライフスタイル見直しと新たに立てた目標

気がつけばもう57歳、昔ほど無理は出来ないと実感することもあり、先生とも相談して2年前から在宅酸素を取り入れ、調子の悪いときには使用しています。そして20年間務めていた日本合唱指揮者協会の理事も退任し、指揮活動も余裕のあるスケジュールになるよう大幅に見直しました。

これからは出来る限り長く指揮活動を続けられることを目標にしていこうと考えています。今年からプロフィールにも「先天性心疾患患者」と記載することにしました。これから残された人生、多くの方に幅広く先天性心疾患のことを知っていただき、理解していただけるような活動を目指し、更には音楽活動が健康に良いこと、心と身体の支えとなるような素晴らしい活動であることを、世の中に伝えていけるような活動を目指していきたいと心に決めたからです(この投稿もその一環です)。

ネガティヴ・ケイパビリティは心の支えとなる魔法の言葉

皆さんは「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉を知っていますか?《答えが出ない状況に耐え、受け入れる能力》のことです。2020年の春に日本を襲ったコロナ禍で、音楽活動が完全にストップし、先の見えない日々に困惑し塞ぎ込んでいた私は、尊敬する偉大な合唱指揮者のK先生からこの言葉を教わりました。この言葉に出会って私の心は救われました。

そして、ふと思ったのです。「心臓病者の私たちは『答えを出すことが出来ない状況に耐える力』を日々鍛えられているのではないか?」と。私たちは生まれた時から心臓病と付き合いながら、「どのように人生を豊かに充実したものとするか?」という問いと、日々向き合い生きています。正に「ネガティブ・ケイパビリティ」を心の支えとし、より良い未来を想像し、前を向いて一歩一歩進んでいるのではないでしょうか?

また、私が日々向き合っている音楽も、実は同じように簡単に答えの出ない取り組みと言えます。音楽活動(=演奏活動)には完成も終わりもありませんし、演奏は生涯をかけてどこまでも高めていけるものであり、スポーツのような勝ち負けもありません。それゆえ音楽コンクールの審査はとても難しいのです。同じ曲でも演奏する人(団体)によって全く違い、それぞれに魅力があります。

私たちはひたすらに自分自身のテクニックや音楽性、感性を磨き、人間性を高め、魅力ある音楽家を目指して日々経験を積み重ねていきます。そうして磨き抜かれた演奏者の奏でる音楽には、音楽の神様からの贈り物として人の心を動かす不思議な力が与えられるのです。

QOLを高めて素晴らしき人生を歩んでいこう!

QOL(クオリティ・オブ・ライフ)=生活の質・人生の質を高めていくためにも、私たちには「精神・心の豊かさ」をより感じられるような日々の取り組みが大切なのでは?と私は思います。

居心地の良い環境、気心の知れた友人、自分が好きで心から打ち込めること、楽しさや喜びを感じられる活動など、心の支えとなるような場所や人と出会えるよう、いま出来ることを見つけて一歩ずつ前に進んでいけたら良いですね。

私もまだまだ頑張って進んでいきます。先天性心疾患患者の皆様、ともに素晴らしき人生を歩んで参りましょう!

はとらくを通じて、心臓病への思いを届けていただいています!