公開日 2026年2月14日 最終更新日 2026年2月14日
昨年のゴールデンウィーク直前の週末、妻から「大学病院に来ている」というLINEが届きました。数日前から胃腸の調子が悪く、その日の朝にかかりつけ医を受診したところ、血尿が見られたため紹介状を渡されたとのこと。検査の結果、腎臓に異常が起きている可能性が高いと告げられました。
私にとって大学病院は、心臓病を患ってから身近な場所になっていました。でもそれは自分だからの話。妻が行くとなれば、全く話が違います。その日は帰宅し、月曜日の再検査を待つことになりました。48時間。早くはっきりさせたいけど、悪い結果ならいつまでも聞きたくない。この矛盾した感情を抱えた2日間は、今まで経験したことのないものでした。
今回は、当時のことを振り返ります。
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【目次】
自分の経験があるからこそ怖かった
なぜ、当時それほどの恐怖を感じたのか。それは、私自身があまりにも突然命を失いかけた経験があるからでした。
私が倒れたのは大学卒業直前。何の前触れもなく心室細動を起こし、AEDで救命されました。意識を失う直前まで、自分が数分後に死にかけるなんて、全く想像もしていませんでした。だからこそ、「いつ誰がどうなってもおかしくない」ということを、頭ではなく体で理解しています。
この「体で理解している」という点が、今回の恐怖の本質だったと思います。
自分自身が大きな病気をしたことがない人でも、もちろん家族が病気になれば心配になると思います。でも、自分自身が命の危機に直面した経験がある人は、その心配の質が違うのかもしれません。「最悪のケース」は、単なる可能性ではなく、実際に起こり得る現実として突然迫ってくると理解しているからです。
妻の検査結果を待つ48時間、頭から消せなかったのは「どんどん症状が悪化して、命に関わるようなことになったら」という悪い想像でした。理性では「まだ何もわかっていない」とわかっているのに、感情がそれについていきません。自分の時の記憶が、勝手に最悪のシナリオを描いてしまっていました。
当然、仕事をしようにも全く集中できませんでした。何かをしていないと不安に押しつぶされそうで、結局漫画を読むことで時間をやり過ごしました。でもページをめくりながらも、常に妻のことが頭の片隅にありました。
再検査の結果、すぐに対処が必要な状況ではないことがわかりました。その後、検査入院を経てIgA腎症との診断が。幸いなことに、現時点で軽い異常は見られるものの、これからゆっくり通院しつつ方針を決めていくことになりました。その瞬間の安堵感は、言葉では表現しきれないほどでした。
でもこの経験を通じて、私は自分の病気を持つ人間が家族の病気に直面する時、特有の恐怖があることを知りました。それは「同じことが起こるかもしれない」という具体的な恐怖です。
「心配される側」から「心配する側」になって気づいたこと
今回、心配する側の立場になって初めて気づいたことがあります。それは、自分が病気になった方が、何倍も気持ちが楽だったということです。
自分のことなら、どんな結果でも受け入れるしかありません。痛みも苦しみも、自分の体で感じるものだからコントロールできる部分があります。でも、大切な人がその立場になった途端、その覚悟すら持ちたくないという気持ちが生まれました。
妻が検査結果を待っている間、私は何もできませんでした。ただ隣にいることしかできない。この無力感は、自分が病気の時には感じなかったものです。自分の病気なら、医師の指示に従う、検査を受ける、治療を受ける、という能動的な行動ができます。でも、心配する側は待つことしかできません。
そして同時に、私が倒れた時の妻に対して、申し訳なさが込み上げてきました。
私の時は、妻の視点から見ると急に3日間連絡が取れなくなり、一人暮らしの部屋に行っても帰っている様子がない。部屋で待っていたら運良く私の母が登場して事情を把握し、ICUでまだ意識が戻っていない私と再会、という流れでした。
今回、たった48時間でさえ耐えるのが辛かったのに、妻は3日間も私が何をしているのか、どこにいるのかもわからない状態で待っていたんです。しかも、再会した時の私は意識がなく、いつ目を覚ますかもわからない状態でした。私がその立場だったら、間違いなく耐えられていなかったと思います。
家族になるというのは、幸せな時間を共有することだけではなく、こういった不安や恐怖も一緒に背負うということなのだと、今さらながら実感しました。結婚して数年が経ち、日常の中でそのことを忘れかけていたのかもしれません。
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「心配される側」としての責任
この経験を通じて、私自身の病気との向き合い方が変わりました。
以前は、S-ICDを入れていることや定期通院の必要性を、どこか自分の問題として捉えていました。もちろん家族に心配をかけたくないという思いはありましたが、それでも中心にあったのは「自分がどう生きるか」「自分の健康をどう管理するか」でした。
でも今は違います。自分の健康を守ることは、妻を「心配する側」に立たせないための責任でもあると気づきました。
私が無理をして体調を崩せば、妻は私が今回経験したあの恐怖と不安を味わうことになります。いや、私以上に辛い思いをするかもしれません。なぜなら妻は、私が突然倒れて生死の境をさまよった経験を、すでに一度しているからです。
「心配される側」には、自分の健康を守る責任がある。これは決して重い言葉ではなく、大切な人を守るためにできる、最も身近で確実な方法なのだと思います。
これからは、私は心臓、妻は腎臓、それぞれを守るために大学病院に通う仲間になりました。何十年後かに、妻と「あの時は二人とも大変だったけど、乗り越えられてよかったね」と話せる日が来ることを願いながら、健康第一で生きていこうと思います。
心臓障害を持つ皆さんも、もし家族が病気になったら、同じような気持ちを経験するかもしれません。その時は、自分だけが抱える問題ではないと知ってほしいと思います。そして、「心配される側」としての私たちにも、できることがある。自分の健康を守ることが、大切な人を守ることにもつながるのだと、今は信じています。
