誰かのペースに巻き込まれたときに自分の体調をどう維持していくかーー先天性心疾患当事者の猪又竜さんに聞く、転職して学んだ心臓病患者の働き方

公開日 2023年1月17日 最終更新日 2023年4月21日

仕事をする中で、自分のペースを維持しながら働くのはとても難しいことです。心臓病を抱えて働く上で、それが心臓の負担になってしまうことも珍しくありません。

そんな中、長野県ヘルプマークディレクターの猪又竜さんは、自分のペースで働くためにある工夫をされていると言います。

はとらく代表秋山との対談Part2となる今回は、障害者雇用枠でどのように働いてきたか、無理をし過ぎないポイント、など猪又さんの経験談についてお伺いします!

※インタビューはオンラインで実施しております。記事中の写真は、猪又さんにご提供いただいたものを掲載しております。

過去から現在にわたり、猪又さんがどのように働いてきたのかを教えて頂けますか。

猪又:
4か月で辞めてしまった新車の販売会社は、とにかく新車を売らないといけませんでした。既存のお客様のデータがあって、車検が入るときになれば、「新しいお車どうですか?」という提案をするんです。

朝8時前に出社して、店内の掃除をしたりお客様へ飲み物を出したりすることに加え、既存のお客様の家に行ってお車の調子を伺ったり新車の案内をしたりしていました。帰宅は20時過ぎで、これが週6日だったので、非常に体力的にもしんどかったです。

今の保険会社はと言うと、勤務時間は基本的には9〜16時。あらかじめ「残業はなるべくしません」と会社に伝えて入社しました。
仕事は基本的には完全にデスクワークです。営業社員の成績の管理や会社の指標の管理とかですね。資料を作成するとか会議資料を作るというのをずっとパソコンの中で行っているというような仕事をしていました。もう10年くらいですかね。

部署が変わったり、会社の機構の改革があったりして。保険会社の代理店さんのための資料を作ったり、電話応対をしたりということもありましたが、基本的には会社に行って机に座っている仕事をずっとやっていました。16時を過ぎたら帰るといったような生活だったので、自分の心臓にもそこまで負担がかからず、今まで続けてこられたかなと思っています。

冒頭の「入社から4か月で辞めてしまった」というところ。「何もわからない、どれだけ働けるかわからない」という状況で入社されたと思います。その観点で今から社会人になろうとしている心臓病の人たちへのアドバイスがあれば教えてください。

猪又:
大学生のときまでは、自分が思っている以上にマイペースに過ごしていると思ってください。もちろん友達関係とか授業のスケジュールとか色々ありますが、基本的には自分のペースで自由に過ごしていると思っていいです。

ただ、会社に入って仕事をするとなると、お客様や上司、同僚など他人のスケジュールやタイミングにとにかく振り回されます。そうすると、私たちの心臓というのはすごく疲れるんです。最初は私も多少無理して働いても大丈夫だと思っていたんですよ。けれど実際はそうではありませんでした。

後輩に言いたいのは、自分が今このように立ち回りたい、今日はここまで仕事をしたいと思っていても、急に電話がかかってきて「これやってくれない?」とか「明日までにこれ仕上げて」とか当たり前のように出てくるということです。

他人のスケジュールやタイミングに思った以上に左右されてしまうんですよ。こうしたことが続くと、思っている以上に自分の心臓は疲れやすいと理解しておくことが大事ではないかと思います。

今までとは環境がガラリと変わるんですよね。今までの学生生活のような自分のペースでやることということは社会人になると難しいということですね。

猪又:
本当に自分のペースでは動けないですよね。私の主治医も「自分のペースでできるんだったら大体何しても良いよ」ってよく言うんです。例えば、「登山するにも猪又くんのペースを保てるんだったら良いよ。誰かのペースに巻き込まれるのは駄目!」とすごく言うんですよ。

でも「誰かのペースに巻き込まれず働く」というのは、会社ではまずありえません。「誰かのペースに巻き込まれたときに自分の体調をどう維持していくか」というのは、すごく大事なことではないでしょうか。

正社員で入社して9〜17時や9〜18時のペースがずっと続くかといえば多分続かないと思うんです。しかし、そこは実際に働いてみないことにはわからないですよね。

ただし、そうかもしれないなという情報は先輩たちから伝えていかないと。「ほれみたことか!」となるよりかは、多分今のペースだとおそらく続かないよと言ってあげた方が良いかなって私は思っています。

どこまで自分ができるか自分でもわからないというのはあると思うんですよね。さっきも猪又さんからも「頑張ろうという気持ちがあっても、気合いだけでは続かない」という話があったと思います。そこのお考えも改めて聞かせてください。

猪又:
自分の限界は、一度自分で経験してみないと分かりません。なので、とりあえず思い切りやってみるといいと思います。ただ、私の場合はそれをして、仕事を辞めてしまいました。本当は辞める前に、会社や上司に「このペースだと無理です」と言えるのが理想です。

せっかく入った会社を辞めるというのは非常に勿体無い話ですよね。だからこそセルフマネジメントがきちんとできて、周囲に自分の状況と特徴をきちんと伝えられることがとても滅茶苦茶大事だと思うんですよ。それができた上で会社が何も反応してくれないのであれば、辞めることを検討してもいいと思うんですよね。

しかし、私が経験している中では、何も配慮してくれないという会社はあまりないと思うんですよね。基本的には世の中の人は優しい人が多いので、何かしら配慮を考えてくれます。自分から「毎日残業2時間あるのは私には続きません。このままだと1年後ここに私はいません。」と言えるようになっておいて欲しいなと思うんですよね。それは経験しないとわからないかなと思うし、少し難しいところかもしれませんが。

先天性心疾患の先輩患者として、どう話をしておけば退職しない・退職の前の段階で踏みとどまれるのかなというのは、「こうしたら大丈夫」と一概に言えないところですが……。

人それぞれ特徴があるので、いろんな人から話を聞くというのが良いのかなって思いますね。こういう行動した先輩患者もいるし、こういう失敗をした先輩患者もいるし、上手くやってる先輩患者もいるしって。色々な話を聞いて、自分の中でどうやってこれを活かすかというのが一番良いのかなとは思います。

猪又さんは、頑張り過ぎたりとか無理し過ぎたときに、何か自覚として感じる症状はありますか?

猪又:
私は身体がだるくなってきて不整脈のような症状が現れます。頻脈までは行かないのですが、期外収縮が圧倒的に増えます。期外収縮が極端に増え、身体がすごくだるい、ボールペンすらも重くて持ちたくないみたいな症状が出てきたら完全にアウトです。こうなると、1〜2日は働けないような状況になります。

こうした症状は今でも時折ありますが、新車の販売会社にいたときは頑張らなきゃいけないという意識があったので、そんな症状が出てても無理して出勤してた状況でしたね。

先天性心疾患の人って、心疾患じゃない自分を知らないじゃないですか。だから、自分がこの辛さを感じていても、これくらいの辛さって実は健康な人って当たり前に乗り越えているのかなと思ったり、自分の気持ちの甘えなんじゃないかなって思ったり、モヤモヤした気持ちを抱えて過ごすと思うんです。私自身もそうだったので。

その気持ちのモヤモヤも、どこかで限界を経験すれば、ここから先、自分が無理したら駄目だなっていう線引きをやっと付けられるようになると思うんです。本当にそのような症状が出てくるというのがあったので。今はなるべく出さないように気を付けてはいますね。

自分の限界値というのをきちんと把握するというのが、非常に大事ですよね。自分の体調に合わせて働くというのもそうですが、働く上で猪又さんが気を付けているポイントはありますか?

猪又:
一度、新車の販売会社で頑張り過ぎたために失敗しているので、今の会社に入ってからはきちんと病気のことを周囲に伝えています。いろんな後輩患者からよく聞くのは、「入社するときは病気のことを伝えているけど、いざ現場に入ってみたら同僚の人も病気のことを知らないし、直属の上司ももしかしたら病気のことを知らないかもしれない」というのが結構多いんですよ。

だから私は、同僚に向けて心臓の絵を描きながら病気のことをしっかり説明しています。ただ単に「心臓が悪いんです」というのは私は駄目だと思っていて。きちんと心臓の形がこう違っていて、こういう手術を受けていて、今こういう状況でこういう薬を飲んでいますということをきちんと伝えるというのが働く上での大前提ですね。

その上でさっき言ったみたいな不整脈が出たりとか、身体がすごくだるくなったりするような症状をなるべく出さないように、日々仕事の調整をしっかりするようにしています。

たとえば何か仕事を指示されたとします。「これやって欲しいんですけど」と言われたら、必ず「いつまでにやったらいいですか?」ということを必ず確認します。その仕上げなきゃいけない仕事と今自分の持っている仕事のバランスを考えて、なるべく残業とかにならないようにスケジュール立てて仕事をするようにしています。

だから私は、殆ど残業をせずに毎日帰るということができています。「残業をたくさんする方が社会人としては立派」みたいな風潮がありますが、明日も明後日も1か月後も1年後もきちんと出勤できるように、自分の体調を管理するということが、社会人としてのあたりまえだと思っています。

本当に無理し過ぎずに、自分の体調をしっかりと管理してコントロールするのが重要ということですね。保険会社に転職してから苦労した経験や、働く上でこういうところが辛かった、葛藤があったことがあれば教えてください。

猪又:
病気に関連して辛かったなとか、葛藤はなかったです。ありがたいことに、上手くセルフマネジメントができ、周囲の環境を調整できたからかなと思います。

ただ、私の心臓が悪くなかったら大学院をきちんと出て博士号を取りたかったなとは思います。病気であったが故に、就職先の選択肢が少なかったというのはあるので。そうした面でのモヤモヤや葛藤はありましたね。

あとは病気のことを同僚に伝えることができ、「重い物を持ってはいけない」ということを、皆さんが覚えてくれたので合理的配慮はスムーズに受け入れられていました。そういう意味で体力的な面などでもしんどい思いをしたことは殆どありません。

周囲に自分の「特徴」をきちんとシェアできたことが、働きやすく、長期にわたって働ける状況を作り出すことができたのだと感じています。

まとめ

Part2となる今回は、猪又さんにご自身の過去から現在の働き方、働く上で気を付けているポイントなどをお聞きしました。次回、最終回のPart3では「心臓病を持ちながら障害者雇用で働く」をテーマにお話をお伺いします。お楽しみに!

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医療ライター・編集者。「kakotto.」代表。先天性心疾患当事者。臨床工学技士として大学病院等に勤務経験を活かし、2016年にライターに転身。「易しく、優しい文章を」をモットーに、難しい医療のことを分かりやすく解説。