心臓病は正しく怖がってなんぼの世界です

公開日 2023年4月11日 最終更新日 2023年11月11日

心臓は命に直結している臓器です。

心リハ指導士として働いているとき、心臓病の患者さんが命の危機に瀕している場面に何度も遭遇しました。リハビリが始まるときには、多くの方が状態は安定しています。

しかし、時には不安定な状態を安定させるためにリハビリをすることもありました。そのため、患者さんと接するときはいつも緊張していました。今は心リハを離れデイサービスで働いていますが、心不全の利用者さんと運動するときは急変するかもしれない、とビクビクしています。

それは、先輩の言葉を今でも大切にしているからです。

 

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執筆:大前 有香

理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。執筆記事一覧

【目次】

ある患者さんとの出会い

病院勤務時代、心臓術後の患者さんのリハビリを担当していました。これは、心リハについて勉強を始めたばかりの頃に担当した患者さんの話です。

術後の経過は良好で、ベッドから起き上がり座るところからリハビリは始まりました。日々リハビリを進めていく中で、心不全を起こしていないか確認することは大切です。心不全徴候として、血圧などのバイタルサイン以外にも、息切れや浮腫、チアノーゼ、手足の冷感などの指標があります。

手の冷感は、「末梢まで血液を送り出せていない=心臓の機能が低下している」という大切な指標です。手を触るだけなので評価しやすく、そんな評価方法があると知った私は早く臨床で試してみたくてうずうずしていました。

手が冷たい!

早速、勉強したことを実践しようと担当患者さんの手を触ってみると…冷たい!ご本人の様子は特に変わりないし、血圧も問題ない。

でも、手が冷たい…。末梢の循環を減らして血圧を保っているのかも…。心不全になりかけているのかも…。

怖くなった私は、午前のリハビリを中止にしました。

あぁ、勘違い

午後のリハビリでもう一度手を触ると、やっぱり冷たい。心配になり看護師さんに伝えると「そうだよ、その人ずっと冷たいよ。元々冷え性なんだって。」あぁ、そういうこと。

心臓は全身の臓器とも複雑に絡み合い機能しているため、いろいろな角度から評価する必要があります。それなのに、「手足の冷感」というたった1つの指標にとらわれすぎてしまったという若かりし頃の失敗談です。

2人の先輩の言葉

この出来事を、自分の失敗談として先輩2人に別々の機会に話をしました。

A先輩
「気持ちはわかるけど、そんなことでいちいち怖がってたら何もできないよね。そうやってリハビリが遅くなって無気肺(肺に酸素が取り込まれなくなる)になったら患者さんはどんどん悪くなるからね。」

B先輩
「ひとつの評価(手が冷たい)ということだけで判断はしない方がいいね。でも、そうやって怖がることは大切だよ。私たち医療者が怖がらなくなったらダメだと思うよ。」

どちらの先輩も、「怖がった私」を責めませんでした。医療者として心臓病の人と関わる以上、怖がることは絶対必要なのです。
でも、怖がってばかりで、進めなければリハビリの意味はなく、かえって状態が悪くなることもあります。

怖がった上でどう動くのか、それが重要なのです。

「怖がることは大切」

私は医療者として、この言葉を今でも大切にしています。

最悪の状態も考慮して、それが起きてしまったときの対応を考えます。そして、怖がりながらも少しずつ少しずつ動いていきます。
なにも起きなければひと安心。万が一、なにか起きても事前に準備ができていれば対応できます。

そしてこれは医療者だけではなく、心臓病をもつ人にも大切なことだと思います。

無謀な挑戦はおすすめしない

後先考えずに挑戦することを無謀な挑戦といいますが、心臓病をもつ人に無謀な挑戦はおすすめしません。なにかに挑戦するとき、それに心臓が耐えられるかどうかは命に関わる重要なことです。

しっかり後先を考えなければなりません。医師から止められている、自分がつらいと実感している、それは挑戦するべきではありません。

リハビリでも、部屋のトイレまでがんばって歩いている人にいきなり「試しに階段やってみましょう!」とはなりません。

可能性を広げていい

それでは、心臓病をもっていたら挑戦できないのでしょうか。やりたいことがあっても諦めないといけないのでしょうか。

いえ、必ずしもそうではありません。

「自分のペースで」「苦しくならなければいい」と医師から言われている場合は、いろいろなことに挑戦していいと思います。

大切なのは、無謀な挑戦にならないようにしっかり怖がってください。怖がるということは、最悪の事態を含めいろいろな状況を想定することです。そして、そのときの対処法を考えてから動いていきましょう。

「これをやったら脈が速くなるかもしれない、脈が120回を超えたら休もう。休んでも落ち着かなかったら受診できるように主治医のいる曜日にしよう。」「不整脈が起きて倒れるかもしれないから、AEDがある場所で誰かとやろう。」など。

最悪の状況までしっかり対処法を考えておくと、挑戦することへの不安も少なくなります。挑戦することで、自分にはこんなこともできたんだ!という発見もあります。その挑戦は小さなことでいいと思います。いつもエスカレーターのところを階段で上ってみようとか、いつもより少し速く歩いてみようとか。

できること、できないことが分かってくると、人生における選択肢が増えていきます。選択肢が増えるということは、可能性が広がるということです。

まとめ

私はこの経験を通して、怖がることは悪いことではないと学びました。むしろ、挑戦するためにはこの「怖がる」気持ちが必要なんだと思います。そして、もうひとつ大切なことは、少しずつ始めることです。

はじめてのことに挑戦するとき、心臓病がない人でも疲れます。それは、身体的なことだけではなく緊張による精神的な疲れも伴います。この精神的な疲れが心臓に与える影響は、想像が難しい部分です。

もっといろいろやりたい、一気にやってしまいたい気持ちはありますが、そこは心臓と相談しながら少しずつ進めましょう。心臓病があると、いろいろな制限がうまれます。やりたいことができない、ということを多く経験すると思います。もちろん心臓の状態を把握し、主治医に相談しながらという条件はありますが、怖がりながらいろいろな経験をして、多くの人に可能性を広げてほしいと願っています。

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理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。