公開日 2025年1月22日 最終更新日 2025年1月22日
「人生でわたし以上に大変な思いをたくさんしてるんだから、もっと世間に甘えてもいいんじゃない?」
そんな同僚からの一言でわたしは救われました。今回は”内部障害”になってから気づいたまわりの反応や感じたことをお話しします。障害を持って働くという選択をしたのはわたしですが、実際働きだしてからのほうが大変でした。
同じく内部障害の方だけではなく、一緒に働いてる健康な方にも読んで頂きたいです。
執筆:はらぺこママ
ファロー四徴症・肺動脈弁閉鎖不全で2度の手術を経験。現在、弁置換とICDを挿入。Voicyにて「暮らしが好きになるラジオ」を配信中。フードデリバリーの配達員、フリーで在宅勤務をする小学生のママ。GLAYファン。(Voicy:voicy.jp/channel/3906) 執筆記事一覧
【目次】
内部障害は生きづらいの?
弁置換術、ICD植込みを行い障がい者1級となったわたし。普段の生活を取り戻していく中で少しずつ生きづらさを実感する日々が増えてきました。
術後3か月で復帰をし、同僚や先輩からは大きな手術をしたにもかかわらず、変わらないねという印象。元気そうに見えてしまうことでした。世間一般から心疾患とはどんな目で見られてるのだろうと考えたときでもあります。
術後の体調変化に戸惑う中、見た目が普通という理由で「元気そうなのに」の一言で体調不良の訴えが効力を成さないことがとても辛かったのを覚えています。障害を持っていても働ける嬉しさは次第になくなっていき、今日1日をどう乗り越えようか?を考える毎日を送っていました。
手術前は簡単にできていたことさえ、術後は”ちょっとがんばればできる”になってしまい、その”ちょっとがんばれば”の積み重ねでとうとう体調を崩してしまいました。せっかく大きな手術を乗り越えたのに、見た目が元気というだけでここまでしんどいのか・・・。心のバランスをとるのも必死で、復帰2か月後に1週間おやすみを頂きました。
打ち明ける勇気
その1週間で今の自分の体の状態を知るため、病院へいきました。主治医からは、復帰後すぐにフルタイムで働いてると告げると、それはちょっと働き過ぎだと釘を刺されました。
フルタイムでの復帰は諸事情があってのことですが、やっぱり自分は無理をしているんだと確信に変わりました。無理が当たり前になっていく怖さも同時に感じました。
”見た目が普通”なだけに、自分の今の状態を同僚に話すのも拒まれました。それは、その同僚からもまわりと同じような言葉を投げかけられたら、会社にいけなくなってしまいそうで怖かったからです。しかし、会社をやめる勇気もなく1週間の休み明けに1番信頼している同僚に話をしてみることに決めました。
【関連コラム】
生き方を変えた同僚からのひと言
大好きなお酒を交わしながら、今悩んでることを同僚に打ち明けました。すると意外な答えが返ってきたのです。
「わからない人はわからないよ。同じ経験しろって言われてもできるわけないし。でも、私からしたら、大きな手術を受けてそれ以降も仕事続けてるし、すごいと思う。少なくともわたしの人生以上に大変な思いはたくさんしてるんだから、もっと世間に甘えてもいいんじゃない?」
その一言でわたしはガラリとまわりの見方が変わりました。今までは、「なんで体調のことわかってもらえないのか・・・」と悩んでいましたが、捉え方は人それぞれ。同じ経験なんてしようと思ってもできない。むしろ、してほしくない。なら、自分が置かれている状況でできることはやり、できないことは頼ればいいんだと・・・。
その後、上司に言いづらいことを同僚が話をしてくれ、なんでも屋のようになっていた仕事の内容が少しずつ改善され決められた仕事をこなしていくようになりました。
信頼できる人を作る意味
信頼できる人を作ることは、ちょっとの勇気が必要かもしれません。職場でも私生活でもわたしは信頼できる人は必要だと思います。それは、心のよりどころになるから。
できないことをできないと言える安心感は生きる力にも、心の余裕にも繋がります。お互いを認め、力の貸し借りをする相手が必要だと思います。現在の私生活では、信頼できる人がたくさんできました。
できないことは素直に打ち明けて、自分が出来ること得意とすることで相手を助ける。
障害があろうとなかろうと、それは出来ることではないでしょうか?出来ないことをがんばるより、できることを活かしたほうが自分のためそして人のためになると気づきました。
自分から打ち明け、お互いに協力する
内部障がい者は特に見た目ではわからないため、訴えずらかったり自分に無理をしてしまう人が多いのではないかと思います。
しかし、信頼できる人をまわりに作ることで私は生きづらさを解消しました。”できない”をがんばるのではなく、認める。よき理解者に、できること得意なことで力を貸す。
すべての人がわかってくれるという考え方のほうが傲慢だったなと反省しております。お互い得意なことで力の貸し借りをするという雰囲気がよりよい社会を作っていくと信じております。この記事が、少しでも社会に不安を抱えている方の力になれば嬉しいです。