公開日 2022年8月26日 最終更新日 2023年11月11日
私は理学療法士として、心臓病で入院している人のリハビリテーションに携わっていました。私が関わる方の多くは、生活習慣が関係している後天性心臓病の方です。
リハビリテーションも順調に進み、退院の目途が経ったころ、「前の生活に戻れるのか?」「いつから仕事ができるのか?前みたいに働けるのか?」と、多くの人が同じようなことを口にしていました。
そして、その答えは出ないまま退院の日を迎えます。外来受診のときに会ってお話を聞くと、大半が「なんとかやってるよ」と答えましたが、残念なことに、再入院となることも少なくありませんでした。
そんなことを繰り返していくうちにたどり着いた答えは、「退院後、前の生活に戻ってはいけない」ということです。
心臓病になった人が今までの生活を変えていくためには、なにが必要なのでしょうか。今回は、理学療法士の立場から考える退院後の生活のあり方・注意点をお伝えします。
監修:谷 道人
沖縄県那覇市生まれ。先天性心疾患(部分型房室中隔欠損症)をもち、生後7ヶ月で心内修復術を受ける。自身の疾患を契機として循環器内科医を志す。医師となった後も、29歳で2度目の開心術(僧帽弁形成術)、30歳でカテーテルアブレーションを受ける。2018年琉球大学医学部卒業。同年、沖縄県立中部病院で初期臨床研修。2020年琉球大学第三内科(循環器・腎臓・神経内科学)入局。2022年4月より現職の沖縄県立宮古病院循環器内科に勤務。
執筆:大前 有香
理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。執筆記事一覧
【目次】
心臓病は生活習慣も関係している病気
心臓病には様々な疾患があります。
その中でも生活習慣が関係しているのが、後天性の心臓病です。後天性心臓病として代表的なものに、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患があります。
心臓には冠動脈という心臓の筋肉(心筋)に血液を送り、酸素や栄養を与える血管があります。この血管が動脈硬化で細くなったり、血栓により詰まったりすると、心臓に血液を送ることができなくなります。
すると心臓は、酸素や栄養が不足し、心筋が虚血状態となり、胸痛等の症状が現れます。この心筋虚血が、一過性のものが狭心症です。そして、心筋虚血が長引き、心筋が壊死してしまったものが心筋梗塞です。
そのため、心筋梗塞になると胸痛は治まることなく続きます。10分以上続く胸痛は、心筋梗塞の疑いがあります。
心臓病の主な原因は動脈硬化
心臓病は、血管の病気と言われることがあります。それは、心臓病の原因として「動脈硬化」が多く挙げられるからです。
血管は、内膜、中膜、外膜と3層からなります。動脈硬化の多くは、内膜が傷つくことで起こる『アテローム性動脈硬化』です。これは、喫煙や高血圧などで動脈の内膜が傷つき、そこからコレステロールが侵入し、どろどろのアテローム(粥状)となり、プラーク(粥腫)という塊を形成します。
このプラークが動脈の壁を押しあげることで、動脈は狭くなり血液の流れが悪くなり、そして、プラークが壊れると血栓を作り血管を詰まらせる原因となります。
また、喫煙や高血圧、腎機能障害などでカルシウム代謝異常を起こすと、血中のカルシウムが動脈の中膜に沈着します。これを『石灰化』と言い、動脈は柔軟性を失い硬くなるのが特徴です。石灰化により動脈が硬くなると、血流の衝撃を吸収できず内膜がより傷つきやすくなります。
心臓病の治療
心臓病には、症状や心臓の状態によってさまざまな治療法があります。ここでは、代表的な治療法を説明します。
手術
手術には、カテーテル手術と開胸手術があります。カテーテル手術は開胸手術に比べて治療時間は短く、身体への侵襲が小さい手術です。
入院期間は、合併症などなく順調であれば14日間程度です。狭心症であれば、2〜3日で退院される人もいます。
開胸手術では、胸骨正中切開といって、胸の真ん中にある平たい骨(胸骨)を縦に切り、左右に開き、心臓がよく見える状態で手術をします。そのため、手術後は切った骨が開かないように数ヶ月は日常生活にも注意が必要です。
カテーテル手術に比べ、侵襲が大きいため入院期間はおおよそ2〜3週間と長くなります。
薬物療法
心臓病における薬物療法の目的は、病気を治すというよりも、心臓の負担軽減、心不全予防が主な目的となります。血管拡張を促す薬や心臓を休める薬、血栓を予防する薬などが使われます。
狭心症の胸痛発作が起きたときには、即効性のある硝酸薬「ニトログリセリン」などを使います。
心臓リハビリテーション
心臓リハビリテーションとは、心臓病の患者さんが、体力を回復し自信を取り戻し、快適な家庭生活や社会生活に復帰するとともに、再発や再入院を防止することをめざしておこなう総合的活動プログラムのことです。
引用:日本心臓リハビリテーション学会
心臓リハビリテーションは、心筋梗塞など冠動脈疾患や心不全を抱える患者に対して運動耐容能(全身持久力)・QOL・長期予後を改善させるとのエビデンスが確立されています。
生活習慣の改善
心臓病の原因となっている動脈硬化を悪化させないためには、生活習慣の改善が必要です。とくに注意が必要なのが次の4つです。
喫煙
血管を傷つける活性酸素が多く作られ、動脈硬化を引き起こす要因となります。
塩分・脂質の多い食事
塩分の過剰摂取は高血圧を引き起こします。また、過剰な脂質は動脈硬化の原因であるプラークとなります。
運動不足
運動により動脈硬化の原因となる高血圧症や糖尿病の予防、改善ができます。
睡眠不足
睡眠不足は自律神経の乱れを引き起こし、特に交感神経が優位に働くことで心臓に負担をかけます。また、睡眠不足が心臓病のリスクを上げるという報告もあります。
退院後の生活はまったく別物
患者さんに「どのくらいで前の生活に戻れますか?」とよく聞かれます。
しかし心臓病になる前の生活に戻れば、また心臓病になる危険がありますし、そもそも心臓病になった心臓はもう以前の心臓とは違います。
退院後は、新しい心臓での新しい生活をスタートすることになります。具体的な退院後の生活について、ご紹介します。
毎日の体調の確認
入院中と同様、血圧、脈拍、体温の測定は継続します。他にも、浮腫や息切れ、倦怠感など体調を確認します。
とくに浮腫は、心不全の兆候として大切な所見です。体重測定もこまめに行います。もし、1週間で2kg以上の増加があれば受診しましょう。
定期的な服薬
処方された薬は、医師や薬剤師の指示通り飲みましょう。
調子がいいからといって、自己判断で減らしたり中止したりすることは危険です。飲み忘れのないようアラームを設定したり、見える場所に置いたり工夫しましょう。
食生活
退院後の生活でも特に大切なのは、塩分制限です。塩分を摂りすぎると、血管内の浸透圧が変わり体内に水分を蓄えやすくなるため、血圧が上がり血管や心臓への負担が増えます。
米国心臓協会のガイドラインでは、1日6g未満が推奨されています。味噌汁1杯で約2gと言われるので、3食味噌汁を飲むだけで6gを超えることも。最近は、コンビニ惣菜にも「食塩相当量」の記載が増えました。是非、コンビニやスーパーで惣菜を買うときの参考にしてください。
ほかにも、動脈硬化の原因となる脂質(コレステロール)の摂りすぎにも注意が必要です。
適度な運動
運動により、血流が活発になることで血管の壁を強くします。また、代謝が上がることで心臓病の原因となりうる脂質異常症や糖尿病を予防します。
入院中に心臓リハビリテーションを受けた方は、退院後も継続しましょう。継続が難しい人は、生活の中に運動する時間を作ることをおすすめします。「ややきつい」と感じる運動を、30~60分、週3回以上が理想です。
禁煙
入院をきっかけに禁煙される人も多くおり、喫煙の健康被害は様々なものが報告されています。心臓に関しても、冠動脈を収縮させ血流を阻害したり、交感神経を活性化することで心拍数を上げ心臓に負担をかけたりします。
退院後の生活は分からないことがたくさん
どんな生活がよいのか頭で分かっていても、実際にはなかなか難しいものです。これはやっていいのか、やってはいけないのか悩む場面も多いでしょう。そんなときはどこに相談すればよいのでしょうか。
相談窓口が少ない
現状、退院後の生活について相談できる場面は外来受診時くらいです。退院後も定期的に受診し経過を診るので、その際に相談できます。
しかし、体調に関しては相談しやすいようですが、日常生活上の些細な悩みについては医師相手だと相談しにくいことがあるようです。
外来受診とは別に週2~3日の外来心臓リハビリテーションに参加すれば、そちらでも相談することが可能です。心臓リハビリテーションでは、看護師や理学療法士などが運動前に現在の生活について話を聞いてくれます。
また、食事や運動だけではなく、仕事など生活全般の相談がしやすい環境です。しかし現状では、外来での心臓リハビリテーション実施施設は数%しかなく、コロナ禍で更に減少しているとの報告があります。
日常生活のささいな悩みや不安は身近な人に相談しましょう。心臓病に関して専門的な内容であれば、インターネットなどで医師に相談できるサイトがあります。そのようなツールも利用してみてください。
正確な情報が少ない
心臓病は、がんに次いで死亡率2位であり、患者数も増加している病気です。最近は、テレビCMなど心臓病に対する啓蒙活動も増えてきています。
それにも関わらず、心臓病の人の生活についてはあまり伝えられていません。もっと当事者の声や彼らの生活を知ってもらう必要があります。SNSやブログなどは、当事者発信しているものが多く、日常生活のちょっとした工夫から仕事の探し方まで、実用的な問題解決の窓口となります。
正確な情報の見極め方については、こちらの記事「医療従事者が提案する『信頼できる医療情報の探し方』」で詳しく解説しています。
理学療法士として考える退院後の生活のあり方
理学療法士として、いろいろな心臓病患者さんと出会いました。その中で、どうしても再入院を繰り返してしまう人たちがいます。
入院中に、生活習慣の改善が必要だと、運動が大切だと、どれだけ伝えても退院してしまえば患者さんに委ねるしかありません。退院後の生活は、新しく作り上げていくものです。しかし、それを患者さんひとりでやっていくのは大変なことです。
退院後のサポートがどれだけできるかで、再発予防ができるかどうかが変わります。社会のシステムとしてはまだ十分とは言えませんが、今はSNSが普及し、情報は得やすくなってきました。それと同時に発信もしやすくなっています。
退院後は、不安なことはぜひ発信して情報を集めてください。その不安は、必ず誰かの不安でもあります。そうやって社会とも繋がりながら、不安を解消する場を作っていけたらいいのではないでしょうか。
※はとらくでは、完全無料でキャリア相談を受け付けています。ぜひ、ご相談ください。