公開日 2023年4月13日 最終更新日 2024年2月18日
致死性の不整脈治療に用いられるのがICD(植込み型除細動器)です。これから、植え込みを行う人は、生活や仕事に支障が出ないか不安に感じているのではないでしょうか。
今回は、そんな人へ向けて、ICDの機能、費用、生活や仕事面での制限について解説します。
本記事は、ICD治療に対する不安解消の糸口を見つける手助けになります。ぜひ最後までご覧ください。
監修:谷 道人
沖縄県那覇市生まれ。先天性心疾患(部分型房室中隔欠損症)をもち、生後7ヶ月で心内修復術を受ける。自身の疾患を契機として循環器内科医を志す。医師となった後も、29歳で2度目の開心術(僧帽弁形成術)、30歳でカテーテルアブレーションを受ける。2018年琉球大学医学部卒業。同年、沖縄県立中部病院で初期臨床研修。2020年琉球大学第三内科(循環器・腎臓・神経内科学)入局。2022年4月より現職の沖縄県立宮古病院循環器内科に勤務。
【目次】
- ICD(植込み型除細動器)とは
- ICDの機能
- ICDが適応になる疾患
- ICDの植込み術
- ICDの植込み術によるリスク
- ICDにかかる費用は
- ICDの誤作動
- ICDを植え込んだときの注意点
- 生活や仕事をサポートする5つの制度を紹介
- ICD植込み後は公的制度を利用しながら生活・仕事をしよう
ICD(植込み型除細動器)とは
ICD(植込み型除細動器)は、致死性の不整脈を感知し、自動で電気ショックを与えて心臓を正常な動きに戻す医療機器です。
ICDは、作動回路と電池を兼ねた本体と、不整脈を感知するリードに分かれています。ICDの本体は、およそ5年から7年ほどで電池の寿命により交換が必要になりますが、リードは、不具合がなければ交換する必要はありません。
ICDの一種にS-ICD(皮下植え込み型除細動器)というものもあります。S-ICDはICDと比べ、機能は制限されますが、植え込みによる感染症や合併症のリスクを軽減できます。
また、ICDの植込み術が完了すると、心臓機能障害として身体障害者手帳の取得対象となります。
ICDとS-ICDの違いについて、こちらの記事「S-ICD(皮下植込み型除細動器)とは?ICDとの違いやメリット・デメリットを解説!」で詳しく解説しています。
ICDの機能
ICDが治療を行う不整脈は「心室頻拍」「心室細動」のふたつです。
これらの不整脈は、致死性不整脈と呼ばれ、治療しなければ意識消失や心停止につながります。
ICDによる治療の種類は主に下記の3つです。
- 抗頻拍ペーシング
- カルディオバージョン
- 除細動
それぞれ見ていきましょう。
抗頻拍ペーシング
「心室頻拍」を感知したときに、それより早いリズムに電気刺激を与えて正常なリズムへ戻します。
ほとんどの場合、本人はこの治療で苦痛を感じません。
カルディオバージョン
抗頻拍ペーシングで、「心室頻拍」を改善できなかった場合に安全なタイミングで電気ショックを行いリズム異常の改善を試みます。
まずは弱い刺激で電気ショックを行い、改善しなかった場合に徐々に刺激を強くするようにプログラム可能です。
本人は治療による自覚症状が出るケースがあり、軽度の不快感や「軽く胸を叩かれた感じ」を自覚します。
除細動
「心室細動」が起こったときは、カルディオバージョンより強いエネルギーで電気ショックを与えます。
本人は「蹴られた感じ」の不快感、痛みがあります。また、この状態では意識がなく自覚症状がないケースもあります。
ICDが適応になる疾患
ICD対象になる不整脈は前述した通り主に下記のふたつです。
- 心室頻拍
- 心室細動
これらの不整脈を起こす一部の心疾患や、「不整脈を起こすリスクのある状態」と判断された場合ICDの対象となるケースがあります。
それぞれの不整脈について見ていきましょう。
心室頻拍
▲イメージ図
心臓の下部にある「心室」を発生源とする不整脈です。心筋梗塞や、心不全、心筋症などで見られます。
症状は脱力感、ふらつき、胸の不快感などです。心室頻拍は心臓が異常に拍動している状態です。正常な量の血液を送り出せず、危険な状態に陥るケースがあります。
心不全については、こちらの記事「改めて知りたい!心不全の原因と種類・症状・治療の知識をアップデート」で詳しく解説しています。
心室細動
▲イメージ図
心臓は決まった順序で電気信号が伝わり正常に働きますが、心室細動では、心臓内に発生した異常な電気刺激により、正常な動きを失います。血液がうまく送り出されないため、直ちに処置が必要です。
主な原因は、心不全、心筋症、冠動脈疾患などを起因とするショック、溺水などです。
心室細動が起こると意識消失を起こし、脳に酸素が送られなくなるため、心臓マッサージやAEDなどの救命措置が行われないと数分で死に至るとされています。
はとらく編集部の宮﨑さんは、この心室細動を引き起こし、救命措置を受けた経験があります。体験を綴ったコラムはこちら「何の前触れもなく終わった22年間の健常者としての暮らし」
ICDの植込み術
ICD植込み術は、全身麻酔や、局所麻酔を使用します。左胸部を切開し、皮下にICDが入るポケットを作成します。
リード線を心臓内に挿入し、本体とリード線を接続してポケットに収納、皮膚を縫合して終了です。
一般的に、手術にかかる時間は約2~3時間で、入院は7~10日程度となるでしょう。
ICD植込み術によるリスク
ICD植込み術は、合併症も考えられます。
皮膚切開にともなう創部の感染症や発熱、創部からの出血、また静脈か心臓まで挿入されるリード電極が心筋や、血管を傷つけるケースです。
血管造影を行う場合は造影剤によるアレルギー反応が生じる可能性もあります。
とはいえ、あくまでリスクは低く、過度に不安になる必要はありません。手術前に医師や看護師から説明があるので、不安があれば確認しておきましょう。
ICDにかかる費用は
ICD植込みにともなう入院費は、病院や、治療内容により異なりますが、180万円〜200万円程度が想定されます。
高額ですが、高額療養費制度により大幅に減額されるので安心してください。
年齢や、年収により異なりますが、「69歳未満」「年収約370〜約770万円」を想定すると自己負担額は10万円程度でしょう。
高額療養費制度については後述します。また、こちらの記事「高額療養費制度の申請方法と注意点を解説!知らないと損するその他の制度も紹介!」でも詳しく解説しています。
ICDの誤作動
ICDは、植込み後に誤作動が出る症例がいくつか見られています。
ICDの誤作動とは、治療対象となる、「心室頻拍」「心室細動」以外の不整脈にICDが作動するものです。
以前は、多くの症例が報告されていましたが、ペースメーカーリードを留置できるタイプが導入されて以降は誤作動の発生頻度は減少しています。
誤作動が起った場合の対応としては、ICDの感知周期の変更や、対象となる不整脈自体の治療が挙げられます。
違和感がある場合はかかりつけの医療機関へ相談しましょう。
ICDを植え込んだときの注意点
では、ICDを植え込んだ後どのような点に注意して生活すればいいのでしょうか。下記の3つに分けて解説します。
- 生活面
- 医療面
- 仕事面
それぞれ見ていきましょう。
生活面への影響
ICD植込み後は、電磁波が発生する機器に注意が必要です。作動に影響を及ぼす可能性があるためです。
分かりやすいように、「影響を受けないもの」「影響を受ける可能性があるもの」「使用できないもの」を、一覧にしました。
【影響を受けないものもの】
- 電気カーペット
- 電気毛布
- 敷布
- 電子レンジ
- テレビ
- ラジオ
- パソコン
- エアコン
- 空気清浄機
- 加湿器
- コタツ
- 洗濯機
- 掃除機
- 補聴器
- 電車など公共の交通機関
【影響を受ける可能性があるもの】
- 電磁調理器
- IH炊飯器
- 携帯電話
- 盗難防止装置
【使用できないもの】
- マッサージチェア
- 体脂肪計
- 電気自動車の急速充電器
- 高周波治療器
- 低周波治療器
- 全自動麻雀卓など
生活上の注意点は、退院前に医師や看護師から説明があります。生活をともにする家族がいる場合は一緒に説明を受けましょう。
なお自動車の運転は、運転許可の基準を満たし、診断書が発行され、警察あるいは免許センターの許可を得られれば可能とされています。
医療面への影響
医療面では、医療機器の使用に制限が出るケースがあります。下記の通りです。
【影響がない機器・装置】
- 超音波診断装置
- ラジオアイソトープ診断装置
- 心電計
- レントゲン撮影
【影響を与える機器・装置】
- 磁気共鳴診断装置(MRI)
- 電気メス
- 除細動器
- ジアテルミー治療
- 衝撃波破石装置
- 通電鍼治療
- 放射線療法
- X線CT
- 歯根治療器
- 歯髄診断機
かかりつけ受診時はいいですが、新しい病院を受診するときは注意しましょう。
ICD植込み者には、「ICD手帳」が配布されます。この手帳は本人の医療情報、定期検診を書き込むためのものです。
心疾患以外での受診時や、旅行先などの事故による緊急搬送時に提示するとスムーズに治療が受けられるでしょう。
仕事面への影響
仕事上で注意すべきなのは、工場や工具などの電磁波を浴びる可能性がある環境です。
「ペースメーカ、ICD、CRT を受けた患者の社会復帰・就学・就労に関するガイドライン」では、注意すべき環境として下記を挙げています。
【注意すべき職場環境】
職種 | 詳細 |
溶解炉、溶着器 | 高周波溶着器、高周波溶鉱炉、一般電気炉、電気溶鉱炉など |
車、バイク | 自動車工場、鉄道車両、車検場、ハイブリッド車、電動いす、配膳車など |
農業機器 | 噴霧器、草刈機、トラクター、耕運機、コンバイン、脱穀機、搾乳機など |
船舶 | 漁船、タンカー、巡視船、レーダ、漁業無線、巻き上げ機、イカ釣り電球など |
木工機械 | チェーンソー、丸のこ、帯のこ、自動カンナ、木工旋盤、トリマーなど |
出典:ペースメーカ,ICD,CRT を受けた患者の 社会復帰・就学・就労に関するガイドライン(2013 年改訂版)(P42)
また、同ガイドラインでは、公共交通機関や運送業などの職業運転手、航空機のパイロットを「ICD患者の就労が認められない職業」としています。
意識消失発作や、ショック治療による意識障害が重大な事故を招く可能性があるためです。
就労に関する制限は、職場環境に合わせて事前に主治医に相談しましょう。
生活や仕事をサポートする5つの制度を紹介
制限を受けやすいICD植込みあとの生活ですが、多くの助成やサポートも得られます。本記事では、金銭的なサポートを中心にまとめました。
- 高額療養費制度
- 高額医療・高額介護合算療養費制度
- 医療費控除
- 身体障害者手帳
- 傷病手当
それぞれ解説します。
高額療養費制度
「高額療養費制度」は、1ヶ月間に医療機関の支払い額が、上限を超えた場合に、払い戻しを受けられる制度です。
支払い上限額は、年齢や収入により変わります。
【70歳以上の方】
適用区分 | 負担上限額 |
年収約1,160万円~ | 252,600円+(医療費-842,000)×1% |
年収約770万円~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000)×1% |
年収約370万円~約770万円 | 80,100円+(医療費-267,000)×1% |
年収156万~約370万円 | 57,600円 |
住民税非課税世帯 | 24,600円 |
住民税非課税世帯 (年金収入80万円以下など) |
15,000円 |
【69歳以下の方】
適用区分 | 負担上限額 |
年収約1,160万円~ | 252,600円+(医療費-842,000)×1% 目安:約25万円 |
年収約770万円~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000)×1% 目安:約17万円 |
年収約370万円~約770万円 | 80,100円+(医療費-267,000)×1% 目安:約8万円 |
~約370万円 | 57,600円 |
住民税非課税世帯 | 35,400円 |
申請方法は、郵送、窓口での提出など加入している保険団体で異なります。
高額療養費制度については、こちらの記事「額療養費制度の申請方法と注意点を解説!知らないと損するその他の制度も紹介!」で詳しく解説しています。
高額医療・高額介護合算療養費制度
「高額医療・高額介護合算制度」は、1年間の医療費と介護サービス費の自己負担額が上限額を超えた場合に、払い戻しが受けられる制度です。
世帯で合算して計算されるため、自分が心疾患で医療を受けており、親の介護で介護保険も利用している場合などに利用できます。
上限額は下記の通りです。
【年収・年齢別の自己負担額】
75歳以上(介護保険+後期高齢者医療保険) | 70~74歳(介護保険+被用者保険または国民健康保険) | 70歳未満(介護保険+被用者保険または国民健康保険) | |
年収約1,160万円~ | 212万円 | ||
年収約770~約1,160万円 | 141万円 | ||
年収約370~約770万円 | 67万円 | ||
~年収約370万円 | 56万円 | 60万円 | |
市町村民税世帯非課税等 | 31万円 | 34万円 | |
市町村民税世帯非課税 (年金収入80万円以下等) | 19万円 |
申請は市町村窓口です。基本的に保険証、マイナンバーカード、申請書を必要としますが、自治体により異なります。申請時は問い合わせて確認しましょう。
医療費控除
医療費控除は、1年間にかかった医療費が10万円を超える場合に、超過した支払い分が課税対象の所得から控除されて、税金の一部が払い戻される制度です。
対象となる医療費は下記の通りです。
【対象例】
- 医師・歯科医師による治療費・入院費
- 治療に必要な医薬品の購入費
- 診療を受けるための通院費
- 入院時の食事代
- 介護保険の対象となる介護費
- 診療や治療に必要な、コルセットや補聴器などの購入費やレンタル料
- 必要と認められる歯科矯正費用
【対象外例】
- 美容や容姿を変えるための費用
- 食事療法を行った場合の食品購入費
- 医師や病院のナースセンターへの贈り物
- 付き添った親族の食事代
- 自家用車で通院した場合のガソリン代や駐車代金
- 健康診断や人間ドックの費用
- 自分で希望したときの差額ベッド代
- メガネやコンタクトの購入代金
- 診断書の文書料
- ワクチン接種費用
出典:国税庁 No.1122 医療費控除の対象となる医療費
申請は確定申告と一緒に行います。申請時期は2月16日から3月15日です。申請書類は、国税庁HPでダウンロード作成できます。
心疾患により、継続して受診が必要な場合は、年間の支払いは10万円以上になるケースもあります。対象の人は必ず申請しておきましょう。
身体障害者手帳
身体障害者手帳は、障害を負った方の生活をサポートしてくれる制度です。
具体的なメリットは下記の通りです。
- 障害者雇用される
- 医療費の割引・助成
- 所得税・住民税の割引
- 公共料金、公共交通機関の割引
ICD植込み者は原則として、3級に該当します。
申請は、各自治体の市町村窓口で行います。申請方法や、メリットなどは「心臓疾患の人は障害者手帳を持つべき?メリットや申請方法について解説」をご覧ください。
傷病手当金
傷病手当は、病気休業中に本人や家族の生活を保証するための制度です。休業にあたり会社から十分な給与が得られない場合に支給されます。
受給には下記の4つの条件をすべて満たさなければなりません。
- 業務外の事由による病気やケガの療養のための休業
- 仕事に就くことができない
- 連続する3日間を含み4日以上仕事に就けなかった
- 休業した期間について給与の支払いがない
傷病手当で得られる金額は、給与のおよそ2/3です。具体的には下記で計算されます。
【支給開始日(※)の以前12ヵ月間の各標準報酬月額を平均した額】÷30日×(2/3)
申請方法は、各保険団体により異なります。詳細は「傷病手当金とはどんな制度?申請方法や使える4つの制度も合わせて紹介!」で解説していますので、気になる方はそちらをご参照ください。
ICD植込み後は公的制度を利用しながら生活・仕事をしよう
本記事では下記を解説しました。
- ICDの機能
- ICDの対象疾患、費用、治療方法
- ICDによる生活、医療、仕事への制限
- 生活や仕事をサポートする制度
ICDは致死性不整脈を予防するために重要な医療機器です。生活面、仕事面への制限は不安があるでしょうが、命のリスクには変えられません。
現在は植込み者に対して、サポートする制度も多くあります。そうした制度を活用しながら上手に生活していきましょう。
なお、実際に白血病、心筋症を経験した当事者が「病気との向き合い方」を解説している記事は下記です。
今後が不安な人に刺さる内容になっているので、気になる方はぜひご覧ください。