入院生活を終えた人へ向けた職場復帰のガイドライン

公開日 2024年12月31日 最終更新日 2024年12月31日

退院後の生活には徐々に慣れてきたものの、職場復帰に向けた不安を感じている方も多いのではないでしょうか?

入院中は医療スタッフに相談できましたが、退院後になると職場復帰に向けた具体的な相談窓口が限られており、次のステップをどう踏み出せば良いのか悩むことも少なくありません。しかし、心リハ指導士として職場復帰へのサポートはとても大切だと感じています。

このガイドラインでは、理学療法士の目線で退院後から職場復帰に向けた運動アドバイスや、復帰後の自己管理、注意点についてをまとめました。

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執筆:大前 有香

理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。執筆記事一覧

【目次】

退院してからはじまるリハビリ

入院していると多くの場合、退院が目標となります。つまり、日常生活が送れるレベルの体力があれば退院できるのです。しかし、職場復帰を目指すためにはそれ以上の体力が求められることは容易に想像できます。

退院後のリハビリといっても、外来で継続できる人は限られており、自宅で本人のペースに任されることが多いのが現状です。そして退院後、自宅での生活を始めると、多くの人が「もう大丈夫」と感じ、リハビリをやめてしまいます。しかし、リハビリを自宅でも継続することが、職場に戻るための基礎作りとなるのです。

入院中にエルゴメーターなど機械を使ったリハビリをしていた人は、そのままの内容を自宅で継続するのは難しいと思います。では、どんな運動をすればいいのでしょうか。同じ運動をずっと続けていけばよいのでしょうか。そこにはちょっとしたコツがあります。

段階的に体力を回復させていく

退院後、職場復帰に向けてリハビリを継続していくには、体力を段階的に回復させることが鍵です。心臓病の患者さんにとっては、心臓に負担をかけずに運動を進めることが重要です。

しかし、低強度の運動ばかりを続けていても体力の向上は望めません。そこで、運動強度の指標として「METs(メッツ)」を使うのが効果的です。METsは、安静時の酸素摂取量を基準に運動強度を示しており、自分の体力に見合った運動を決める手助けとなります。

心肺運動負荷試験を受けると、自分に合った運動強度がMETsで計算されるため、その数値を基に運動負荷や内容を決めることができます。運動負荷試験を受けていない場合でも、以下の一般的なMETsを目安に、段階的な運動プランを立てていけます。

退院後1~2週間: 2~3METs

退院直後は、日常生活に慣れること+α 程度の少ない負荷の運動を毎日続けましょう。例えば、

  • 家の周りを20分程度ゆっくり散歩(2METs)
  • 皿洗いやごみ捨て、料理など日常的な家事(2~3METs)
  • ゆっくりとしたストレッチ(2METs)

特に、入院生活でやらなかった家事は積極的にやりましょう。意外と疲れを感じると思います。

退院後3~4週間: 3~4METs

日常生活に慣れてきたら、少しずつ運動負荷を上げていきます。1日の中で、30分~1時間くらい運動の時間を意識して作るようにしましょう。例えば、次のような運動を組み合わせてみます。

  • 快適の速さで、ウォーキング(3METs)
  • 階段をゆっくり昇り降り(3.5~4METs)
  • 軽いヨガで、柔軟性を高めリラックス(3METs)

この時期には、職場復帰が目前の人もいると思います。在宅勤務でない場合は、通勤できる体力があるかシュミレーションをしておきましょう。

退院後1か月以降: 4~5METs

退院後1ヶ月を目安に、体力がついてきたら運動強度を上げ心肺機能の強化や持久力の向上のための運動へステップアップしていきます。職場復帰すると、時間管理が難しくなりますが、週3日は運動の時間を確保するようにしましょう。

  • 速歩きや軽いジョギング(4~5METs)
  • 軽いサイクリングやエアロバイク(4METs)
  • 軽い水泳(4~5METs)

運動を続ける中で息切れや胸の痛み、めまいなどの症状が出た場合はすぐに運動を中止し、医師に相談してください。また、自分に適した運動量を見極め適切な運動プランを立てるために、定期的に医師やリハビリスタッフと相談することも大切となります。

職場復帰のための目標METs

職場復帰するためには、どのくらいの体力が必要なのでしょうか。ここで目安として、一般的な職業に必要なMETsを以下に示します。同じ職種でも仕事内容によって異なりますので、あくまで参考値としてください。

  • デスクワークや軽作業(例:オフィス業務、会議、電話対応): 1.5~2.5METs
  • 立ち仕事や軽い体力作業(例:接客業、軽い荷物運搬):2.5~4METs
  • 体力を要する仕事(例:工事現場、介護、運送業):4~6METs 以上

このように、3~4METs 程度のウォーキングや軽い階段の昇り降りが問題なくできれば、デスクワークや軽作業には対応できると思います。さらに、体力を使う仕事を行うためには 5METs以上の運動に取り組み、持久力を高めていくことが重要となります。

しかし、運動は1時間程度を自分のペースで行えますが、仕事はそうはいきません。精神的な疲労も加わりますので、運動ができているからといって問題なく復帰できるとは限りませんので注意が必要です。

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職場復帰時の注意点

職場復帰は、身体的負荷以外にも様々なストレスがかかるので、最初から無理をすると体調を崩すリスクが高まります。そのため、自分の体力と相談しながら、徐々に復職のペースを上げることが大切になります。例えば、次のような方法が考えられます。

短時間勤務

最初の1〜2週間は、通常よりも短い勤務時間で働かせてもらい体調の変化を見ます。問題なければ、少しずつ時間を延長してもらいます。育休明けの女性など、短時間勤務を行っているスタッフがいる場合は導入が比較的スムーズです。

テレワーク

職種にもよりますが、可能であれば自宅での勤務を検討してもらいます。通勤による疲労を避けられたり、自分のペースで休憩を取りやすいなどのメリットがあります。

業務内容の調整

疲れにくいデスクワーク業務を優先的に行い、身体的負荷がかかる業務は同僚に一部を依頼するなど、職場に業務内容を調整してもらいます。

この際に、自分の病状(治療は終わり経過観察中なのか、現在も治療中なのか)や、どの程度までの身体負荷はかけられるか(社内の移動距離は長くても大丈夫だが急ぐことはできない、小さな段ボール程度は運搬可能など)自分で把握し上司に伝えておくことで職場復帰が円滑に進みます。

ストレス管理と心のケア

職場復帰後には、心のケアも大切です。特に復帰直後は身体的なストレスに加え、精神的なプレッシャーを感じることも多いと思います。ストレスは心臓に負担をかける大きな要因であり、これを放置すると再発リスクが高まる可能性もあります。

ストレス管理のためには、次のような方法を参考にして、自分に合うリラクゼーション法を試したり、セルフチェックをしてみたり、ストレスと上手に付き合う方法を見つけましょう。

深呼吸や瞑想

1日に数回、静かな場所で目を閉じて深呼吸を行い、心を落ち着かせます。自宅であれば自分の好きな香りのアロマやお香を焚くのもおすすめです。

趣味の時間を大切にする

休みの日はゆっくり休むことも大切ですが、たまにはリフレッシュのために自分の好きなことをする時間を作りましょう。友達とランチに行ったり、買い物したり、推し活なんかも素敵です。

定期的な自己チェック

ストレスや疲労は自分では気づかないうちに溜まっていることもあります。毎日、一日の終わりや朝起きたときに自分自身に問いかけることも大切です。ストレスが溜まっていると感じた場合はしっかり休みを取り、必要であれば医師やカウンセラーに相談しましょう。

職場復帰後の健康管理とリハビリの継続

職場復帰は1つのゴールですが、それ以降も健康管理を怠らないことが、長期的な復職成功のカギとなります。特に、心臓の負担を軽減しながら働くためには、定期的に医師の診察を受け、現在の働き方が体調に影響を与えていないか、勤務時間を延ばしても大丈夫かなど適宜確認することが重要です。

日々のリハビリに関しては、リハビリスタッフに運動内容を相談するために自らリハビリ室を訪れる方はあまりいないと思います。そこで、自身で日常生活の中へ無理なく取り入れられる運動を意識し、健康維持に努めることが大切です。もちろん定期的に1時間程度の運動を継続できれば良いのですが、完全に復職してしまうと、なかなか時間が取れなくなる人も多いと思います。

そこで、仕事の合間に立ってできる簡単な運動がおすすめです。

  • お昼休憩の際に、アキレス腱伸ばしなど軽いストレッチやラジオ体操
  • デスクワークの場合、座ったままつま先上げなど足首の運動
  • 1時間に1回は立ち上がって歩く
  • トイレに行くたびに踵上げ10回など

デスクワークの人は座りっぱなしに注意しましょう。こまめに歩くことで血液をしっかり循環させましょう。そして、心臓の負担を減らすために第2の心臓とも呼ばれるふくらはぎをしっかり鍛えましょう。

このように、定期的に医師に相談し、働き方を見直すとともに、日々のリハビリを続けることが、長期的な健康維持と仕事の継続、そして安定した生活につながります。

職場復帰は焦らず順序立てて

職場復帰は、退院後のリハビリと同様に段階的に進めることが大切です。

無理をせず、一歩ずつ体力や仕事量を見極めながら復職に向かっていくことが、長期的な健康維持と仕事の継続に繋がります。また、職場復帰の際には、職場の上司や同僚に相談できる環境を整えることも欠かせません。とはいえ、運動に関しては相談先がわからず迷うことがあるかもしれません。このガイドラインを復職前の準備や復職後の負荷管理に役立ててください。

他にも、厚生労働省から「心疾患の治療と仕事の両立 お役立ちノート」というものがでています。自分で書き込むことができるので現状や今後を整理するのに役立つと思います。心臓病で入院しても、退院後に安心して職場復帰を果たし、自分のペースで長く進んでいけるように応援しています。

 

理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。