「動かない」という選択がもたらすもの

公開日 2025年2月21日 最終更新日 2025年2月22日

心臓病を抱えていると、「動くこと」への不安がつきまといます。特に寒い冬はヒートショック現象のリスクが増し、さらに動くことを避けたくなるかもしれません。

しかし、「動かない」という選択が身体や心に与える影響について考えたことはありますか?

訪問リハビリの現場から、心臓病と向き合いながら生活を充実させるためのヒントをお届けします。

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執筆:大前 有香

理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。執筆記事一覧

【目次】

ヒートショックを恐れるあまり、動けなくなった90代男性の例

訪問リハビリを担当している中で、印象に残っている90代の男性がいます。彼は慢性心不全となり、心臓に負担をかけることを極端に恐れていました。

冬になり、ヒートショック現象への不安から部屋の外に出ることを避け、一日中ベッドの中で過ごす生活を選びました。排泄も尿器を使い、食事など必要最低限の動き以外はほとんどベッドから出ませんでした。

このような生活を続けることで彼は、体力や筋力が著しく低下する「廃用症候群」のリスクにさらされていました。そこで訪問リハビリが導入され、少しずつ体を動かすことを目指すことになりましたが、彼のように「動かないこと」を選択する人は少なくありません。

この話を聞いて、あなたはどう感じますか?不安を避けるための選択が、心身の健康にどのような影響を与えるのか、一緒に考えてみましょう。

ヒートショック現象とは?

ヒートショック現象とは、急激な温度変化によって血圧が大きく上下し、心臓や血管に負担がかかる現象です。暖かい部屋から寒い脱衣所に移動した時や、寒い浴室で熱い湯に入った際などに起こりやすく、特に10℃以上の温度差があると危険とされており注意が必要です。

また、心筋梗塞や脳卒中のリスクが高まることが知られており、不整脈など心臓病を抱える方にとっては非常に怖い現象です。入浴時にヒートショックが起こる原理としては、寒い脱衣所に行くと体温を維持するため血管が収縮し血圧が上がります。さらに寒い浴室に入ることで、さらに血圧が上がります。そこから十分に身体が温まらないうちに浴槽に入ることで、急激に血管が拡張し血圧の急降下が生じます。身体にとってこの急激な変化は大きなストレスとなります。

理解と対策で「怖さ」に向き合う

しかし、このリスクを恐れるあまり、一日中ベッドの中にこもることは健康的な選択とは言えません。ヒートショック現象は予防や対策が可能です。

例えば、部屋ごとの温度差をなくすためにヒーターを設置したり、入浴前に脱衣所を温めたりすることが効果的です。他にも、食後は消化器に血液が集中するため、血圧が下がりやすくなっており、食後1時間程度は入浴を控えるなどの対策が可能です。

また、日頃より適度な運動で血流を良くし、血管の柔軟性を保つこともリスク軽減につながります。 このようにリスクを正しく理解し、適切に対処すれば、必要以上に怖がる必要はありません。これは、ヒートショックに限らず、心臓病とともに生活していく中で感じるさまざまな不安にも当てはまります。

【関連コラム】

安静と運動のバランスを考える

心臓病があると、「心臓に負担をかけてはいけない」と考えがちです。

そのため、動くことで脈が上がったり息が切れたりすることを過剰に恐れる場合があります。しかし、運動が心臓の健康維持や再発予防に効果的であることは、多くの研究で証明されています。 まず、運動が心臓に与える影響を正しく理解することが大切です。

運動中に脈が上がるのは自然な反応であり、すべてが「心臓に悪い」わけではありません。適切な強度での運動は、心肺機能を高め、血流を良くすることで血管の柔軟性を保ち、心臓病の予防や改善に役立ちます。

一方で、過剰な運動は心臓に負担をかけたり、疲労が蓄積して体調を崩す原因になることがあります。また、内服している薬、特にβ遮断薬などによっては、運動しても脈が上がりにくい場合があります。その状態に気づかないまま運動負荷を上げすぎると、体に過剰な負担がかかる恐れがあります。そのため、医師や専門家に相談しながら、自分に合った運動量やペースを見つけて行うことが大切です。

安静にしていることにもメリットはありますが、そればかりでは筋力や体力が低下し、日常生活に支障をきたすリスクが高まります。安静と運動のメリット・デメリットを知り、バランスを取りながら生活することが、心臓病と付き合う上で重要です。

できる範囲で、コツコツと

心臓病を抱える方にとって、「動くこと」はリスクを伴うように感じられるかもしれません。しかし、極端に安静を優先しすぎると、心身の健康を損なう可能性があります。リスクを正しく理解し、日常生活に無理のない範囲で運動を取り入れることが大切です。

きっかけとなった男性も、リハビリを通じて「動かないこと」が身体に与える影響を理解し始め、少しずつ体を動かすことの大切さに気づいていきました。現在では、自分に合ったペースで運動を続けながら、「暖かくなったら散歩に行こう」と前向きに過ごされています。

「無理をしない」ことと「何もしない」ことは違います。まずはできることから始めてみませんか?少しずつ体を動かしていくことで、体も心も確実に変わっていきます。心臓病とともに生きる日々を、より前向きで充実したものにするための一歩を踏み出しましょう。

理学療法士、心臓リハビリテーション指導士。病院、介護施設、在宅と色々な分野で働いてきた。今は2人を子育てしながら家での新しい働き方を模索中。