公開日 2023年5月25日 最終更新日 2024年2月18日
大動脈解離は、重症度によっては命に危険がある疾患です。発症して今後について不安になっている人も多いのではないでしょうか。
本記事では、大動脈解離を起こした本人や家族へ向けて、疾患の特徴や、今後の生活や仕事で役に立つ制度を紹介します。
この記事を読めば、不安な気持ちを払拭するための糸口が見つかります。ぜひ最後までご覧ください。
監修:谷 道人
沖縄県那覇市生まれ。先天性心疾患(部分型房室中隔欠損症)をもち、生後7ヶ月で心内修復術を受ける。自身の疾患を契機として循環器内科医を志す。医師となった後も、29歳で2度目の開心術(僧帽弁形成術)、30歳でカテーテルアブレーションを受ける。2018年琉球大学医学部卒業。同年、沖縄県立中部病院で初期臨床研修。2020年琉球大学第三内科(循環器・腎臓・神経内科学)入局。2022年4月より現職の沖縄県立宮古病院循環器内科に勤務。
【目次】
- 大動脈解離とは
- 大動脈解離にかかる費用は?
- 大動脈解離の予後は?生命に関わる危険性は
- 仕事復帰は可能?大動脈解離後の働き方について
- 大動脈解離の再発の可能性
- 大動脈解離の再発を予防するには?生活習慣の見直しを
- 大動脈解離後の生活や就業をサポートする制度
- 大動脈解離後の生活は上手に制度を活用しよう
大動脈解離とは
大動脈は、内側から「内膜」「中膜」「外膜」の3層で構成されています。大動脈解離とは、何らかの原因で「中膜」が裂けて、その間に血液が流れ込んでいる状態です。
裂けた中膜は血流で膨らみ本来の血管の流れを阻害します。さらにその部分が破れて出血すると命に関わります。
大動脈解離は部位による分類により2つに分けられます。心臓に近い上行大動脈に解離が起こる「スタンフォードA型」と、上行大動脈に解離が起きない「スタンフォートB型」です。
スタンフォードA型は、急死につながる合併症を生じる可能性があり、緊急手術が必要です。
大動脈解離の症状
大動脈解離の特徴的な症状は「突然の胸や背中の痛み」です。痛みの程度は「杭で刺されたような痛み」「経験したことのない痛み」と例えられます。
大動脈は胸部から腹部をとおり下肢までつながっており、解離の進行で痛みも胸部から腹部へ移動する場合があります。
また、解離による血流障害により脳梗塞が起こるケースがあり、その場合は意識障害や、けいれん、麻痺などがあらわれることがあります。
そのほかの症状は下記のとおりです。
- 前触れのない胸の痛み
- 腹痛
- 意識消失
- けいれん
- 麻痺症状
- 抹消冷感
- チアノーゼ
- しびれ
解離した大動脈が破裂すると、各臓器に血液が足りない状態になります。意識障害や、感覚障害、腹部の臓器なら、下血や、嘔吐につながります。
大動脈解離の原因とリスク要因とは
大動脈解離はさまざまなリスク要因が考えられます。下記のとおりです。
- 動脈硬化
- 高血圧
- 高脂血症
- 糖尿病
- 睡眠時無呼吸症候群
- 喫煙
- ストレス
- マルファン(Marfan)症候群
特に高血圧には注意が必要です。長期的な高血圧による血管壁の劣化は、動脈硬化となり大動脈解離のリスクを高めます。
マルファン症候群は遺伝性の疾患です。全身の結合組織の働きが弱く、大動脈を含めた血管がもろい傾向があり、動脈解離のリスクが高いとされています。
大動脈解離の治療方法
大動脈解離の治療方法は、重症度や状態により異なります。
上行大動脈の解離は、急死につながる合併症を起こす可能性があるため、緊急手術が必要です。上行大動脈に解離がない場合でも、大動脈が破裂していたり、臓器障害が起こっている場合にも手術が行われます。
手術は、解離した血管を人工血管に置き換える「人工血管置換術」や、ステントグラフトと呼ばれるバネ状の人工血管を挿入する「ステントグラフト術」などが行われます。
また、解離が軽度の場合や、上行大動脈に解離がない場合は、血圧をコントロールしながら、解離が進行しないようにしたうえでの、経過観察が選択されるケースもあります。
大動脈解離にかかる費用は?
大動脈解離による治療費は、手術の有無や、入院期間により異なります。治療によっては自己負担額が100万円を超えるケースもあるでしょう。
治療費が高額になる場合は高額療養費制度の対象となります。高額療養費制度では自己負担額分の払い戻しが受けられるため、最終的な負担額は大幅に減額されるでしょう。
なお、払い戻しの金額は年齢や所得で異なります。基準は下記のとおりです。
【69歳以下の場合】
適用区分 | 負担上限額 |
年収約1,160万円~ | 252,600円+(医療費-842,000)×1% |
年収約770万円~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000)×1% |
年収約370万円~約770万円 | 80,100円+(医療費-267,000)×1% |
~約370万円 | 57,600円 |
住民税非課税世帯 | 35,400円 |
たとえば、下記の条件で高額療養費制度を利用した場合の最終的な支払額は、87,430円となります。
【例】
条件 | 高額療養費制度による最終的な支払額 |
治療による自己負担額:100万円 | 87,430円 |
年齢:50歳 | |
年収:500万円 |
高額療養費制度の申請方法や、条件などは下記の記事を「高額療養費制度の申請方法と注意点を解説!知らないと損するその他の制度も紹介!」をご覧ください。
大動脈解離の予後は?生命に関わる危険性は
大動脈解離は、重症度によっては命に関わる危険な疾患です。
上行大動脈に解離が起こっている「スタンフォードA型」の予後は厳しいケースがあり、発症後、診断が遅ければ24時間以内に50%が死亡すると言われています。
上行大動脈に解離が見られない「スタンフォーフォードB型」の場合は、死亡率は下がります。治療自体も前述したように、血圧のコントロールを行いながら保存的に経過をみるケースもあります。
仕事復帰は可能?大動脈解離後の働き方について
大動脈解離後、予後が良好なら仕事復帰は可能です。
ただ、再発予防のため身体に負担がかかる職業の場合は制限が出る可能性はあります。
また、解離後の血流障害や合併症によっては後遺症が残る可能性もあり、それによっては業務の調整が必要なケースもあるでしょう。
後遺症の例は下記の通りです。
- 麻痺
- 感覚障害
- 腎不全
- 膀胱直腸障害
後遺症の程度によっては、仕事を変える必要が出る場合もあります。
復職をする前に医師に相談して、どこまでの業務調整が必要か、仕事の継続はできるのかなど、働くうえで必要な情報を確認しましょう。
復職については、こちらの記事「休職したら終わりって本当?休職から復職までの流れや休職中の給与について解説」で詳しく紹介します。
大動脈解離の再発の可能性
大動脈解離は、急性期を乗り切った症例でも再発する可能性が数%あるといわれています。
また、最初の2週間を乗り越えた場合の10年生存率は40%とされています。しかし、この2週間を乗り越えた人の3割近くの人が、その後合併症により死亡するというデータがあります。
大動脈解離のリスク要因として、動脈硬化や、高血圧などが上げられます。それにともなった疾患のリスクもあるため、継続的な予防は必要でしょう。
大動脈解離の再発を予防するには?生活習慣の見直しを
動脈硬化を予防するには血圧管理が重要です。食事や運動などで、普段から血圧を上げないよう意識するほか、突発的に大きく血圧が変動しないように意識しましょう。
たとえば下記などです。
- いきみすぎない
- 熱すぎるお風呂には入らない
- 外気と室温の差が少ないようにする
また、動脈硬化にも注意が必要です。動脈硬化には下記の生活習慣病が関連しています。
- 肥満
- 高血圧
- 糖尿病
- 脂質異常症
これらは運動不足、食生活の乱れ、ストレスなどが原因で起こります。それぞれを詳しく見ていきましょう。
生活習慣については、こちらの記事「生習慣活病と心臓病の関係性は?食事や睡眠を見直して予防・改善を目指そう」で詳しく解説しています。
脂質異常症
脂質異常症は、血中の脂質の値が異常値を示している状態です。HDLコレステロールや、LDLコレステロール、トリグリセライド(中性脂肪)などが関連します。
LDLコレステロールは「悪玉コレステロール」と呼ばれ、増加すると血管壁にたまり、動脈硬化や、血栓の原因になります。一方でHDLコレステロールは「善玉コレステロール」と呼ばれ、余分なコレステロールを回収し、動脈硬化を抑える効果があります。
それぞれの基準となる値は下記の通りです。
LDLコレステロール | 140mg/dl以上 | 高LDLコレステロール血症 |
120~139mg/dL | 境界域高LDLコレステロール血症 | |
HDLコレステロール | 40mg/dL未満 | 低HDLコレステロール血症 |
トリグリセライド (中性脂肪) |
150mg/dL以上(空腹時) | 高トリグリセライド血症 |
175mg/dL以上(随時) |
上記を調整するには食事への気配りが重要です。
LDLコレステロールは「飽和脂肪酸」の摂りすぎで上昇します。飽和脂肪酸は「肉の脂身」「バター」「ラード」や、「インスタントラーメン」などの加工食品にも多く含まれるため注意しましょう。
また、トリグリセライド(中性脂肪)は、菓子類や、クリームなどの甘いものや、糖質などの摂りすぎで上昇します。
高血圧
血管は、血液の流れにより常に一定の圧力がかかっています。これを血圧と呼び、何らかの原因で血圧が上がり、血管に強い負担がかかり続けると、血管は徐々に厚く、硬くなります。これが動脈硬化です。
高血圧の数値上の基準は「収縮期血圧が140mmhg以上、または拡張期血圧が90mmhg以上」です。
高血圧の予防には食生活が重要です。特に塩分の摂りすぎは体内のナトリウム値を上げ、血圧を上げる原因となるため注意しましょう。
1日の塩分摂取量の目安は下記の通りです。
- 男性:7.5g/日
- 女性:6.5g/日
厚生労働省によると、日本人の塩分摂取量は平均で約2g上回っているとしています。これは濃口醤油に換算すると小さじ2杯強です。
わずかに感じるかもしれませんが、日々の繰り返しで血圧に影響を与える可能性があります。調理時には「いつもより薄味」を意識しましょう。
肥満
肥満には「皮下脂肪型」「内臓脂肪型」の2種類があり、特に動脈硬化になりやすいのが内臓脂肪型です。
内臓脂肪の増加は血中の中性脂肪の増加につながり、血管は弾力を失います。弾力を失うと血圧が上がり、さらに動脈硬化が加速する悪循環が起こります。
なお、内臓脂肪の蓄積に加えて、いくつかの条件を満たした状態を「メタボリックシンドローム」と呼び、健康上さまざまなリスクを伴います。「メタボリックシンドローム」の基準は下記の通りです。
必須項目 | 以下の2つ以上に該当 |
【内臓脂肪蓄積】
ウエスト周囲径 男性 85cm以上 (内臓脂肪面積 男女とも100cm2以上) |
【血清脂質異常症】
高トリグリセライド血症:150dl以上 かつ/または 低HDLコレステロール血症:40dl以下 |
【血圧高値】
収縮期(最大)血圧:130mmhg以上 かつ/または 拡張期(最小)血圧:85mmhg以上 |
|
【高血糖】
空腹時高血:110mg/dl |
肥満や、メタボリックシンドロームの予防には、運動や、食事が重要です。特に脂質の摂りすぎに注意しましょう。すでに体重が多い場合には、カロリー制限が必要になるケースもあります。
大動脈解離後の生活や就業をサポートする制度
最後に退院後の生活を見据えて、生活や就業をサポートする制度を3つ見ていきましょう。下記の通りです。
- 就労移行支援
- 就労継続支援
- 障害者年金
今後、必要になった場合にそなえて、「こういうサービスがある」と選択肢を知っておくだけでもいいでしょう。
就労移行支援
就労移行支援は、難病や障害がある方が一般企業に就業するために必要な訓練の提供や、就職活動の支援や職場へ定着するための支援を行うサービスです。
心疾患による「内部障害」を持った人も支援の対象です。
サービスは状況や時期により異なり、ハローワークや、地域障害者職業センターなどの公的機関と連携をとりながら就業のサポートを行います。
時期 | 支援内容 |
通所前期 |
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通所中期 |
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通所後期 |
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フォロー期移行 |
|
対象者は、下記のとおりです。
- 65歳未満
- 障害や難病がある
- 一般企業への就業を希望している
障害者手帳の有無に関わらず、医師の診断書などを参考に市町村からサービス支給の決定が必要です。
就労継続支援
就労継続支援は、さまざまな理由により一般企業への就労が不安、または困難な人へ就労の機会や生産活動の機会を提供するサービスです。
「就労移行支援」を利用しても一般企業への就業が難しい人や、就労経験があっても体力や、年齢面で雇用が困難な人などを対象にしています。
雇用形態や対象者により「就労継続支援A型」「就労継続支援B型」の2種類に分けられています。
それぞれの簡単な特徴は下記の通りです。
A型 | B型 | |
雇用契約 | 結ぶ | 結ばない |
給料/工賃 (令和3年度平均賃金) |
給与(時給制) 81,645円 |
工賃 16,507円 |
業務内容例 |
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就労継続支援A型は、一般企業と雇用契約を結び、就労可能な職場に配置されて、週に決められた日数通所して仕事をします。契約上「雇用」されており、報酬は「給与」の形で支払われます。
一方で、就労継続支援B型は、雇用契約は行いません。報酬も「工賃」といった形になっており、長時間の就労が困難な人に向いています。
障害者年金
障害年金は、病気や事故により生活や仕事などが制限されるようになった場合に、生活を支えるために支給される年金です。
年金といえば高齢者をイメージしますが、障害者年金は現役世代も対象にしています。
等級の分類は1〜3級です。1級が重度で、大動脈解離により人工血管やステントクラストを挿入し、労働に制限がある場合は3級に該当する可能性があります。
支給額は、所属している年金や、障害の程度、年金納付期間により異なります。障害の程度が軽い障害厚生年金3級の人は、年間58万3,400円の最低保障額があります。
月額では、およそ48,600円となります。
障害者年金については、こちらの記事「心臓疾患で障害年金はもらえるの?障害年金の仕組みと認定基準を徹底解説」で詳しく解説しています。
大動脈解離後の生活は上手に制度を活用しよう
本記事では、大動脈解離について下記をまとめました。
- 大動脈解離の症状
- 再発の可能性
- 仕事復帰時の注意点
- 退院後の生活や仕事をサポートする制度
大動脈解離は命に関わる可能性がある疾患です。状況や重症度によっては後遺症が残り、退院後の生活、就業に関わる可能性があります。
とはいえ、現在は生活や就労をサポートする制度も多いです。退院後に障害が残っている場合や、就労が困難な場合は柔軟に制度を活用するとよいでしょう。